母の待つ里

1年9ヶ月ぶりのブログ更新です。。


長いことお休みしましたので、調子がもどってくるまで時間がかかるかもしれません。
温かく見守っていただければ幸いです。


よろしくお願いします。


書名:母の待つ里
著者:浅田次郎  出版社:新潮社  2022年1月刊  1,760円(税込)  297P


母の待つ里    ご購入は、こちらから


希代のストーリーテラーとして知られる浅田次郎の5年ぶりの現代小説。


大企業の社長である松永徹が東北の寒村に向かう場面から本書は始まる。


新幹線から在来線に乗りついで1時間。
閑散とした駅前でバスに乗りかえてさらに40分。


小さな市街地を抜け、田園地帯となだらかな丘を越え、小さなみずうみを過ぎた先にある橋のたもとの停留所で松永は降りた。


かつて街道沿いの宿場町として栄えた村は、今は閑散としている。


角を曲がって狭い坂道を登ると、赤い実をつけた柿の木が目に入り、その先のおとぎ話に出てくるような茅葺きの家で母が待っていた。
庭続きの小さな畑から立ち上がり、「きたが、きたが、けえってきたが」とむかえてくれる。


40年も帰ってこなかった一人息子を温かく受け入れてくれることが、松永には申し分けなかった。


薪で沸かしてくれた風呂に入り、母に背中を流してもらったあと、囲炉裏で焼いた川魚や野菜の煮付けなど、都会では食べられない夕食をいただく。
ぎっしり綿のつまった布団で湯たんぽのぬくもりに温められながら、松永は眠るのがもったいなくなる。


板戸の向こうの母は「んだば、寝物語ば聞がせてやるべ」と宿場町に伝わる昔話を聞かせてくれた。
「どんどはれ」という言葉で昔話が締めくくられて母が眠りについたあと、松永は昔話に込められた母の心遣いに思いを致す。


翌日、母に見送られて帰途に就いた松永は、電源を切っていた携帯電話を取り出した。


電源をオンにしたあと、彼はクレジットカードの窓口担当者と会話をしはじめる。


実は、松永が訪れていたのは高級会員用のホームタウン・サービスだったのだ。


「ふるさとを、あなたへ」というキャッチコピーに興味を持って利用してみたのだが、これほど満ち足りた気分を味わったことはなかった。


窓口担当者に利用終了の連絡をしたあと、松永はまた利用したいという意向を伝えた。



このあと、やはり家庭も故郷も持たない還暦世代の男性1人、女性1人が登場し、東北の寒村で自分の「ふるさと」に出会っていく様子が描かれる。


松永を含めた3人は、それぞれ「おひとりさま」で暮らしている事情があるのだが、2人目の室田精一のケースは身につまされた。


室田はかつて妻子ある身の上だった。


営業部長として仕事にはげんだが、役員に上がることはできず、関連会社へ天下るという希望も叶わなかった。
左遷された職場のまま給料は3分の1という再雇用の条件をつきつけられ、納得できずに定年退職することにする。


2人の娘が結婚して家を出ているので、妻と温泉地をめぐったりソバを打ったりして老後を送ろうと思っていた矢先、妻から離婚を切り出された。


まったく予想もしなかった離婚の理由は、
  「同じ空気を吸って暮らすのはもうたくさん」
ということだった。


娘も了承していると聞き、彼は妻の希望にしたがうことにした。


職場と妻を同時に失った室田は、どうやって暮らせばいいか分からない。


少し長く引用する。

 無為徒食。
 稲光の中に不快な言葉が翻った。何も為すところなく、徒らに食べているのは俺だけだ、と室田精一は思った。
 たとえば、娘が何の他意もなく孫たちを連れて帰ってきたとする。だが、家には迎える支度が何もない。冷蔵庫の中に大量のレトルト・パウチが眠っているだけである。どれほど気合いを入れたところで、野菜の名前も包丁の使い方も知らない。


(中略)


 関西流通センター長の閑職に追いやられてからは、退職後の人生ばかり考えていた。やりたいことはいくらでもあった。だがそれらはすべて、従前通りの家族があるという前提に立っていた。
 海外旅行に出る。温泉地をめぐる。ソバを打つ。庭仕事を覚える。娘の亭主たちには、会社員としての処世術を教えなければならない。孫たちの教育もしなければ。
 ところが、それらはほとんど手を付ける間もなく、せいぜい手打ちソバを一度か二度ふるまったきり、ことごとくご破算になってしまった。
 未来は茫洋としている。それでもかつての夢は忘れ去ったわけではなく、ずっと胸にとどまっているのだからたちが悪い。


このブログをお休みしている間にいろいろあり、私もつい半年前から予想もしない独り暮らしが始まったばかりだ。


室田とちがって野菜の名前も包丁の使い方もひととおり分かっている。
しかし、「家族がある」という前提が突然なくなってしまったことは同じである。


妻と平穏な老後を送る、というかつての夢は忘れられず、日に何度か妻と過ごした場面を思い出してはチクンと胸に痛みを覚える。


人生100年時代を生きていくための心の支えを求めているのは、この物語の3人と同じだ。


私だけではない。
今は家族と暮らしている人にとっても、いずれ自分の身にふりかかる大きな問題に違いない。


3人は、ホームタウン・サービスのリピーターとなって母との距離を縮めていった。
室田精一がホームタウンへの移住を考えはじめてから、物語は転がりはじめる。


3人が鉢合わせて母を困らせるかもしれない。


カード会社の担当者が現れて、ルールを破ったことを責められるかもしれない。


いやいや、浅田次郎お得意のファンタジーが炸裂して昔話の世界に入っていくのかもしれない……。


次の展開を想像しながら読み進む快感を久しぶりに味わった。


しかし、希代のストーリーテラー浅田次郎が読者に予想できる結末を描くはずがない


私の先読みはことごとく外れ、「そう来たかー」と唸らされた。


ぜひご自身の目でお確かめいただきたい。


どんどはれ。