人生論あなたは酢ダコが好きか嫌いか

副題:女二人の手紙のやりとり
著者:佐藤愛子小島慶子  出版社:小学館  2020年5月刊  1,100円(税込)  189P


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「父祖伝来の乱暴者の血を受け継いだ」佐藤愛子氏と「生眞面目さと無邪気さが同居」している小島慶子氏の往復書簡集である。


大正12年(1923年)生まれの佐藤愛子氏と昭和47年(1972)生まれの小島慶子氏は、およそ半世紀も年が離れている。


しかし、文章を生業(なりわい)にしている者どうし、歯に衣着せず思ったことをズバズハ言うものどうし、意気投合するところがあったのだろう。
対談をきっかけに「女性セブン」誌上で手紙のやり取りを連載することになった。


第1章のテーマは「夫婦について」である。


小島氏の夫は、40代の終わりに、「一度仕事を離れて自分を見つめてみたい」と言い出したそうだ。


放送局を退職してフリーアナウンサーになっていた小島氏は、仕事を辞めている自分が夫に向かって「仕事を辞めるな」とは言えず、「そうね、今度は私があなたを応援するわ」と言ってしまう。


気がつくと一家でオーストラリアに引っ越しており、一家の大黒柱となった小島氏が3週間ごとに日本に出稼ぎに出る、という生活が始まっていた。


負けん気の強い小島氏も、時々なんともやりきれない気持ちになるという。


一人で東京の出稼ぎ部屋にいる時に、

一体自分はなんでこんな侘しい一人暮らしをしてまで、一家を養う身の上になったのか。共働きは当たり前だと思っていたけれど、まさか大黒柱になるとは……

と考えてしまうのだ。


こんなグチとも言えない手紙を読んで、佐藤氏は「フ、フ」と笑ってしまう。

自分も夫の巨額の借金を返すため原稿を書きまくっていた時期があるが、「一体自分はなんで……」なんて考えるヒマもなかった。怒りをエネルギーに変えて、とにかく目の前のことをこなすしかなかった、と回想する。


数々の修羅場をくぐり抜けてきた自分から見れば、夫婦ゲンカひとつ見ても、小島氏はまだまだ研鑽が足りない。


夫が亡くなって愛憎を向ける相手がいなくなった今、佐藤氏は夫を「人間」として見ることが出来るようになった。
夫に向けた憤怒をたぎらせている小島氏の熱情は、佐藤氏から見れば、「いっそ羨ましい」と感じるのだ。


続く第2章「世の中について」、第3章「人生について」では、いったん話題は夫婦の愛憎から離れ、いったい世の中どうなっているのか! とあれこれ噛みついている。


同じように世の中を糾弾しているように見える二人だが、佐藤氏が、

あなたは超マジメ、私は「そんなことどうでもエエやん」のめんどくさがり党の元締(もとじめ)ですからね。

と言っているように、性格はずいぶん違っている。


本書の題名「あなたは酢ダコが好きか嫌いか」に即して言うと、佐藤氏は、

「蛸の酢のもの」を酸っぱいから嫌いだという人を、味のわからん奴、と怒ってもしょうがない。また、無理に嫌いでなくなろうと努力する必要もない。蛸みたいなあんな気色(きしょく)の悪いものを食べる人の気が知れない、と批判をしてもしょうがない。蛸好きが偉くて、蛸嫌いが劣等ということはないのですからね。

と寛容なのに対し、小島氏は、「どんなに不味い酢ダコに当たっても、美味いと言わねばならない」と思いこんでいる酢ダコ原理主義者なのである。


手紙のやりとりは、酢ダコ原理主義者を見かねた佐藤氏が、後輩作家に「もう少しラクにした方がいいよ」とカウンセリングする展開になっていく。


おりしも、この往復書簡が書かれていたのは、佐藤愛子著『九十歳。何がめでたい』がミリオンセラーになった時期だった。


インタビューの申込みやら、テレビ、ラジオの出演依頼やらで「狂乱怒濤」状態になっていた佐藤氏を見かねた編集者の判断で、連載は休止となる。


休載中も佐藤氏の自宅で編集者抜きのナイショ話をしていた二人だったが、書籍化にあたって最後に1通ずつ長文の手紙を書き下ろした。


最終章「ふたたび夫婦について」では、小島氏が結婚のいきさつと冷めきった夫婦の現状を詳細に報告している。
子どもがある程度手を離れたところで夫婦関係を見直す、つまり正式に離婚することも同意しているという。


佐藤氏は長文の手紙を2度読みかえしてみたが、どうも腑に落ちない。
そんなりリクツっぽくしないで「いい加減」にした方がいい! と説教したあと、こんなことを吹き込んだ。

 つまるところお二人の相性はそれなりにいいのだと思う。お二人は凹と凸。鍵と鍵穴。一見全く異なる形でいながら、ガチャガチャ廻すとそれなりにうまく嵌(はま)る。凸はあなた、凹はご主人です。
(中略)
 あなたたちは別れません。
 それが私の結論です。


往復書簡はこれで終わりなのだが、小島氏は「あとがき」という裏ワザを使って次のように佐藤氏に応える。

 佐藤さんが最後に「あなたたちは別れません」とお書きになったのを読んだ時には、不覚にも涙が出ました。誰かにそう言って欲しい気持ちがあったことに気づいたからです。佐藤さんはとっくにご存知だったのですね。
 だけど、それでは何のためにあんなに悩んだのでしょう。散々苦しんで出した答えをひっくり返されて、なんだか損した気分です。だからやっぱり……私と夫は別れるでしょう! たぶん!


このガンコもの!