アンビシャス

副題:北海道にボールパークを創った男たち
著者:鈴木 忠平  出版社:文藝春秋  2023年3月刊  1,980円(税込)  293P


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NHKで4月6日(土)から「新プロジェクトX」の放送が始まった。


18年前に終了した「プロジェクトX」が日本の産業史・現代史に残るプロジェクトを取り上げたのに対し、新シリーズではバブル崩壊以降の「失われた時代」のプロジェクトを取り上げる、とのこと。


要は「昭和」から「平成」にフォーカスを移したらしい。


前シリーズを毎回楽しみに見ていたので、初回の
東京スカイツリー 天空の大工事 ~世界一の電波塔建設に挑む~」
を見た。


前シリーズ同様、光が当たらなくてもひたむきな仕事に励んだ人々の挑戦のドラマに仕上がっていた。


本書『アンビシャス』を読み終えて、同じような感慨を覚えた。
テレビ映像と書籍という違いはあるが、『アンビシャス』もまた、大事業を成しとげるためにねばり強く前にすすんだ球団職員の挑戦のドラマに仕上がっている。



本書の舞台は、2010年から2018年の北海道札幌市と北広島市


日本ハムファイターズは、2004年に本拠地を札幌ドームに移してから6年たっていた。


2006年に四半世紀ぶりのリーグ優勝・日本シリーズ制覇を果たし、2007年に連覇。
2009年に移転後3回目のリーグ優勝を達成するなかで観客動員数も増加して、球団は絶好調に見えた。


しかし、札幌ドームは満足できる球場ではなかった。


「このグラウンドではダイビングキャッチができない」
「この球場で三連戦をやると、身体がボロボロになる」
「バックヤードが狭すぎて、トレーナの処置もままならない」


現場の選手やスタッフは悲鳴をあげていた。


実は札幌ドームは日本ハムファイターズの持ち物ではなく、もともと2002年のサーカーワールドカップ誘致のため、サッカーと野球の共用施設として札幌市が建設したものだった。


球場使用料を第三セクター「株式会社札幌ドーム」に支払う借家住まいだったので、施設に手を加えることは許されず、女性用の手洗いの増設さえ却下されたという。


札幌ドームの取締役は札幌市役所から出向しているお役人である。
お役人というのは、基本的に自分の任期中に何かを変える発想はない。
何度お願いしても、建設時から定められている条例に反することは一切認められなかった。


本書の主人公である前沢賢と三谷仁は、球団の将来に危機感を覚えた。


球団事務所の事業統括本部に所属する二人は、『ファイターズの今後を考える』という企画書を書き上げ、球団の経営会議に提出した。


このまま札幌ドームから譲歩を引き出せない状態が続くのであれば、新たなスタジアムを作るべきだ、という資料である。


経営会議でプレゼンの機会を得た2人は熱弁をふるった。


札幌ドームを使い続けることの難しさは幹部たちも感じていて、このままではいけないという危機感は共有できた。
しかし、300億円の新スタジアム構想の説明に入るとリアクションが消えた。
資金調達や収益構造など具体的なシナリオも説明したが、反応はなかった。


プレゼンを終えたあと、球団社長が諭すように言った。

「お前たちがやりたいことは分かった。たしかに将来的にはそういうビジョンが必要なのかもしれないな」

2人の構想は議論もされずに見送られ、1年後、前沢賢は球団を去った。


田口トモロヲのナレーションが聞こえてきそうな逆境である。



それから5年。
2015年に前沢が球団に呼び戻され、新スタジアム構想は長い眠りから覚める。


前沢は企画内容をふくらまし、野球観戦だけでなく買い物や食事、レジャーを楽しむことができる「ボールパーク」構想に計画をグレードアップさせた。


事業規模は500億円である。


この構想を球団の親会社は簡単には認めてくれなかったが、再びタッグを組んだ前沢と三谷は諦めなかった。


候補地となった札幌市と北広島市の職員も、それぞれ懸命に誘致活動を繰り広げ、審判の時を迎える。


2018年3月26日。
日本ハムの臨時取締役会が開かれ、建設候補地が決定される日だ。


本書「第9章 運命の日」には、この日の朝5時からの関係者の動きがドキュメンタリー風に描かれる。


ノンフィクションの宿命で読者は結果を知っているのだが、

「それでは候補地確定に関しては、これで承認ということでよろしいでしょうか?」

というクライマックスに向かって、緊張が高まり、そして弾けた。



候補地が決定するまでの道のりを追いながら、著者の鈴木氏は、関係者一人ひとりの行動だけでなく、生い立ちや、この仕事に賭ける思いを掘り下げていく。


奇跡の甲子園出場を成しとげたあと市職員として地道に生きてきた人、少年時代に感じた欠落感を抱えて生きてきた人、父の海外赴任に随行して何度も外国の学校を転校する生い立ちを持つ人。


候補地に選ばれなかった札幌市の市長や職員にまで取材先を広げたことで、人間ドラマにいっそう深みを増していた。



無名の会社員を主人公にした本書は、ドラマ化されたり、「新プロジェクトX」の題材として取り上げられてもおかしくない、という読後感を与えてくれる。


ただ、最近テレビの放送倫理はどんどん厳しくなっているので、「男たち」を前面に出した本書の内容のままで映像化はむずかしいかもしれない。


そのときは、脚本家や作家に頑張ってもらって、この大事業に携わった女性たちのドラマも発掘してもらいたい。


感動的なコンテンツとして十分に通用する内容なのだから。