著者:石黒謙吾/文・写真 出版社:光文社 2023年9月刊 1,760円(税込) 159P
NHKが不定期で放送している「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」という番組がある。
「もの書く人の傍らにはいつも猫がいた。愛猫との異色ドキュメント」というネコ好きにグッとくる番組紹介に惹かれ、はじめて2023年9月18日「能町みね子と小町」の回を見た。
タイトル通り、ネコと過ごしながら作家として作品に向き合う日常を追う番組だ。
すっぴん(と思われる)能町さんがネコの傍らでキーボードを叩き、「結婚と称した同居生活」を送っているパートナーと並んで食事をしている映像は、同じNHKの密着ドキュメント番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」とは違って、ゆったりした時間が流れていた。
「いい番組を見つけた。次回は誰だろう……」と楽しみにしていたのが、9月25日放送回の「石黒謙吾とコウハイ」である。
石黒謙吾さんは、ベストセラー『盲導犬クイールの一生』の著者。
犬好きで有名だが、現在、メス犬と一緒にオス猫も飼っている愛猫家でもある。
「ネコメンタリー」なので、番組は12歳の猫「コウハイ」の愛くるしい姿をたくさん放映していた。
ゲラ読みする石黒さんのデスクの上に寝そべって仕事を邪魔したり、撫でられて喉をゴロゴロいわせているのは、何ともほほえましい。
17歳になるお姉さん役の犬「センパイ」は、2年前に加齢で足が不自由になってからカート(歩行器)をつけている。口元に食べ物を運んであげないと食事できなくなっている姿がせつない。
高齢の犬を介護する様子とダブるように、テレビカメラは、石黒さんが横須賀の老人介護施設を取材する姿も追っていた。
前置きが長くなった。
この時の横須賀取材を元に石黒さんが書き上げたのが、今日の一冊。
『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』である。
犬や猫を家族のように大切にしている老人には、共通の心配ごとがある。
「自分の体が思うように動かなくなったとき、この子たちはどうなるんだろう」、という心配である。
本書の舞台となる老人ホームで施設長を務める若山三千彦さんは、このホームをつくる10年以上前から福祉活動に携わってきた。
以前、若山さんが在宅介護支援をしていた男性の一人が、加齢のため自力で歩けなくなった時のこと。
老人ホームを探したが、愛犬を連れて入居できる施設はない。愛犬の引き取り手を探しても高齢犬を受け入れてくれる相手が見つからない。
ホーム入居当日、しかたなく保健所に連れていってもらうよう知人に頼んだという。
施設に入ったあと、「俺は自分の家族を殺してしまったんだ」と自分を責め続けた男性は、生きる気力を失ってしまい、とうとう半年後に亡くなってしまった。
高齢者福祉に携わる者として、若山さんはショックを受ける。
いつか犬や猫と一緒に暮らせるホームを作ることを決意し、2012年に設立したのが、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」である。
「さくらの里」に暮らしている犬や猫は、飼い主と一緒に入居するのが半数で、もう半数は保護センター等の紹介でやってきている。
犬ユニットと猫ユニットがそれぞれ2つあり、1つのユニットに入居者10人と犬(または猫)が最大5匹。
過ごし方はそれぞれで、一緒に入居したご主人様のベッドで一緒に寝ていることもあるし、廊下やリビングで他の犬や猫と過ごすこともある。
自分も高齢になって、リビングの定位置で一日じゅう寝ている犬もいる。
老いた人間がいる。その横に老いた犬と老いた猫がいる。そしてともに、手を取り合って老いていく。人と犬と猫。みんながみんなを思いやり、いたわる、あたたかな気持ちで最期を迎える。そんなユートピアがここにある。
このホームを石黒さんが知ったのは、「文福(ぶんぷく)」という犬の行動を扱ったテレビ番組だった。
文福は、このホーム開設時から暮らしている、いわば一期生のオス犬。
彼は、入居者の「看取り」としか思えない不思議な行動をとるという。
入居者に死期が近づいてくると、だんだん近くにいようとする。そして、衰弱が進むと、3日前あたりから寝ている個室のドアの前から離れずにずっと中を向いて座る。さらに、いよいよその時が近づいてくると、ベッドの上に横たわる老人に寄り添い、顔をぺろぺろと舐め、見守り、最期を看取る。入居者は、そんな文福を抱きしめ、やわらかな顔で天国に召されていく。
文福の「看取り」は一度や二度ではなく、20人を越える人を看取っている。
人の死期を感知できているとしか思えないほど、必ずこの行動をとるそうだ。
文福の「看取り」の他にも本書には胸を打つエピソードがたくさん載っているが、ドラマチックなこと以外に、石黒さんが心をつかまれたことがあった。
それは、介護職員さんたちの仕事ぶり。
介護職として入居者のケアをするのは当然なのだろうが、犬にも猫にも同じように接し、一生懸命お世話している姿に感銘を受けた、という。
犬や猫と最期まで生きていたい人たちに寄り添う、最上級に誇り高いお仕事だ。
と称えている。
職員たちが目指しているのは、「あきらめ」が「しあわせ」に変わること。
テレビのインタビューである入居者が「今が至福の時です」と答えたとき、施設長の若山さんは、本当に嬉しかったという。
「こんな施設に入りたい!」
猫好き、犬好きならきっとそう思う。
ご一読あれ。
- 参考書評
・石黒謙吾著『盲導犬クイールの一生』 読書ノートは → こちら
・石黒謙吾著『犬がいたから』 読書ノートは → こちら
- おまけ
「ネコメンタリー」取材カメラは、石黒さんの創作の様子も捉えていた。
「さくらの里」を取材したあと、石黒さんは自宅の机でパソコン向かい、本の構想を練る。
キーワードを打ち込みながら、次のようにつぶやいていた。
うーん、「看取り」はなぁ……。
でもなぁ、でもそうだしな、実際は。
これで亡くなる方もいるので。
でも、そういうシーンの方が全然少ないわけなので。
うーん。「ともに」? うーん、違うな。
自分が企画段階で書いた言葉の断片、チップスみたいなものを一回拾いあげてみて、並べてみて、んー、いいのかなぁ、とか、いいかもしれない、とか。
あの時つまんなそうに見えたんだけど、意外としっかり読者の人に刺さるかもしれないな、みたいなことは。
本当にこういう時って、字を打って、ほぼほぼ集中しない、集中しない力みたいなものは、すごい大切だな、って思うんですよね。
ぼんやりいろんなものを、こうやって写真見たりしているうちに、ふっと降りてきたりしますし。
そういう気持ちに寄せていくっていうのかな、文章そのものが寄ってくるっていう。
たぶんちょっと不可能だと思うんですけど、それは本当に小手先になっちゃうんで。
気持ちが変わらないと、文章変わらないでしょうから。
そういう気持ちに入っていくことが、まぁ、物理的にいうとスキルなのかもしれませんけど。
まぁ、そうしないとは、と思いますね。
作家が「0」から「1」を生み出す瞬間。
この場面、「プロフェッショナル 仕事の流儀」みたい!
「ネコメンタリー」9月25日放送回の「石黒謙吾とコウハイ」内容紹介は、 → こちら