人新世の「資本論」

著者:斎藤幸平  出版社:集英社  2020年9月刊  1,122円(税込)  375P


人新世の「資本論」 (集英社新書)    ご購入は、こちらから


人類の環境破壊がひどくなって、気候変動が取り返しのつかない事態に近づいている。
この危機を乗りこえるためには、晩年のマルクスが考えていたように、資本主義に立ち向かって「脱成長コミュニズム」を実現するしかない! あなたも立ち上がろう!
というのが本書の主題である。


なんともぶっ飛んだ主張である。


読者を驚かせる内容であることは著者自身もよく分かっていて、
本書の「おわりに」にも、

マルクスで脱成長なんて正気か――。そういう批判の矢が四方八方から飛んでくることを覚悟のうえで、本書の執筆は始まった。

と書いている。


左派からは「マルクスは脱成長など唱えていない」と言われるだろうし、右派からは、「今さらマルクス? ソ連の失敗を懲りずに繰り返すの?」と笑われるに決まっている。


そもそも、「地球は温暖化していない」とか、「温暖化しているとしても二酸化炭素が原因と決まったわけではない」と主張する人もいる中で、どれだけの人が著者の主張に耳を傾けるか分からない。


だが、本書の説得力とインパクトはハンパない。
読みおわった時、


  「世界の見え方が変わった気がする」
  「人類の未来にまだ希望があるかもしれない」
  「なんだか凄い本をみつけた!」


という満足感をもたらしてくれた。


まずは「ご一読あれ!」とお伝えしてから内容の紹介に入ることにする。



本書の説得力とインパクトはハンパない、と先ほど書いたが、さすがに地球温暖化の有無について論じるところからはスタートしていない。


地球温暖化なんて信じない」というトランプ大統領のような人を振り向かせるためには、ただでさえぶ厚い新書のページ数をもっと増やさなければならないからだ。


地球は温暖化していること、温暖化の原因が二酸化炭素であることの論証を本書では省略し、温暖化を止めるためには二酸化炭素の排出量削減が必須である、という立場で論を進めている。


削減が必要であることには同意するとして、では、どうやって二酸化炭素排出量を削減するのか?


電気自動車や再生可能エネルギーを普及させることによって経済を成長させながら持続可能な気候変動対策を行う「グリーン・ニューディール政策」が先進国で期待されている。
また、大気中から二酸化炭素を除去するNETや、IoTなどの新技術も環境対策技術として期待されている。


しかし斎藤氏は、これらの方策を、「あまりに問題が多い」、「問題解決にならない」と否定する。


いくら耳あたりが良いとしても、温暖化対策の根底に「成長を継続させる」という目的があるかぎり、(=資本主義の本能に従うかぎり)破局に向かってしまう、というのである。


代わりに斎藤氏が提案するのは、次のような「脱成長」である。

労働を抜本的に変革し、搾取と支配の階級的対立を乗り越え、自由、平等で、公正かつ持続可能な社会を打ち立てる。


つまり資本主義に挑み、資本主義を乗りこえるアイデアだと言う。


良いことずくめの目標に、「そんなにハードル上げてもいいの?」とツッコミたくなる。


本当にそんなことできるの? と疑問を抱いている読者に対し、このあと斎藤氏は、日本ではあまり知られていない「脱成長」、「反資本主義」の試みの成功例をいくつも紹介していく。


ざっとキーワードだけ並べてみよう。

  • イギリスの環境運動「絶滅への叛逆」
  • フランスの「黄色いベスト運動」、「気候市民議会」
  • デンマークやドイツで進められてきた市民電力やエネルギー協同組合による再生可能エネルギーの普及
  • ヨーロッパで長い歴史を持ちアメリカでも発展してきた「ワーカーズ・コープ」
  • 市民から生まれ市政を動かしたバルセロナの気候非常事態宣言
  • バルセロナが呼びかけ、アフリカ・南米・アジアで77拠点が参加している「フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)」
  • 革新自治体のネットワーク「ミュニシパリズム」
  • 2015年に開始された「南アフリカ食料主権運動」
  • メキシコ・チアパス州の先住民が起こしたサパティスタの抵抗運動
  • 全世界で二億人以上の農業従事者がかかわっている伝統的農業やアグロエコロジーを目指すヴィア・カンペシーナ


あなたが知っているキーワードはいくつあっただろう。


残念ながら、僕はひとつも知らなかった。
まったく聞いたことがないのだ。


開きなおって言ってしまうが、ふつうにテレビニュースや新聞を眺めているだけでは、これらの話題は目に入ってこない。


海外ニュースに関心を示さない“島国根性”とは別に、日本では脱生長論が不人気という事情があるからだ。


脱成長論というと、リタイアしたあとの団塊世代の人々がきれいきごとを言っているというイメージが強い、と斎藤氏も指摘している。


高度経済成長の恩恵を受けた「逃げ切り世代」が、「このままゆっくり日本経済は衰退していけばいい」と言い始めたように見えるらしい。


しかし、海外の若者は環境意識が極めて高く、資本主義にも批判的で、「ジェネレーション・レフト」と呼ばれるほど、とのこと。
本書の第三章には、アメリカのZ世代の半分以上が資本主義よりも社会主義に肯定的な見方を抱いている調査結果(Gallup2018)が示されている。


これらの新しい運動は、実は晩年のマルクスがたどり着いた「脱成長コミュニズム」の構想と合致している。「脱成長コミュニズム」こそが、人類の環境破壊を止められる唯一のプロジェクトだ、という主張が本書の柱である。


日本では、ソ連崩壊と同時にマルクスは過去の人になった、と思っている人が多い。
そんな日本で敢えてマルクスを前面に出しているのは、斎藤氏がマルクス主義哲学、マルクス経済学の専門家だからだ。


実は、斎藤氏を含めた世界各国のマルクス研究者たちが参加する、新しい『マルクス・エンゲルス全集』を刊行する国際的全集プロジェクトが進んでいて、一般人だけでなく、マルクス研究者たちも知らなかった原稿が次々と明らかになっているらしい。


そこから読み取れるのは、晩年のマルクス進歩史観を捨て、生産力至上主義も捨てていた、ということだ。


資本主義の未来が地球環境破壊を起こすことを見通し、その対策まで考えていた偉大なマルクスの構想を実現しよう! 資本主義を乗り越える行動を起こそう! という著者の呼びかけは熱い。


斎藤氏の意気込みが凝縮したアジテーションは、とても学者が書いたとは思えない。少し長文になるが、「おわりに」の一部を最後に引用させていただく。


(下記引用中の「3.5%」というのは、社会を大きく変えた社会運動は3.5%の人々から始まった、というハーヴァード大学政治学者エリカ・チェノウェスらの研究のこと。また引用にあたり漢数字をアラビア数字に変更した)

 すぐにやれること・やらなくてはならないことはいくらでもある。だから、システムの変革という課題が大きいことを、なにもしないことの言い訳にしてはいけない。一人ひとりの参加が3.5%にとっては決定的に重要なのだから。
 これまで私たちが無関心だったせいで、1%の富裕層・エリート層が好き勝手にルールを変えて、自分たちの価値観に合わせて、社会の仕組みや利害を作り上げてしまった。
 けれども、そろそろ、はっきりとしたNOを突きつけるときだ。冷笑主義を捨て、99%の力を見せつけてやろう。そのためには、まず3.5%が、今この瞬間から動き出すのが鍵である。その動きが、大きなうねりとなれば、資本の力は制限され、民主主義は刷新され、脱炭素社会も実現されるに違いない。
(中略)
 もちろん、その未来は、本書を読んだあなたが、3.5%のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっている。