いま生きる「資本論」


著者:佐藤 優  出版社:新潮社  2014年7月刊  \1,404(税込)  251P


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佐藤優にハマッている。


佐藤氏が原稿を書くスピードは早く、矢継ぎ早に出版してくるが、どの本もおもしろい。


新刊を読みおわって、どうやってレビューしようか考えているうちに、また新しい本が出てしまうので、積んだままになっている本が10冊以上たまってしまった。


今日の一冊は、まだ書評していない佐藤氏の本の中で、一番笑い、一番感心した本を取りあげる。


本書のテーマはマルクスの「資本論」である。


ソビエト連邦が崩壊し、誰も「資本論」なんて見向きもしなくなったなかで、佐藤氏は、あえて「資本論」を解説する6回連続の講座を開いた。本書は、その講義録である。


150年も前に書かれた、時代遅れと思われている本を教材にした理由は何か。


それは、なぜ日本の社会が生きにくくなっているのかを知ること。
自分の努力が足りないからではなく、資本主義というシステムに根源的問題があるという現実を理論的に理解するためだ。


資本主義を解き明かした「資本論」が理解を助けてくれる、と佐藤氏は言う。


資本論」全編を解説しながら、受講生に毎回宿題を出す。それも、単に感想を求める簡単なものではなく、「資本論」を解説した推薦図書を何冊も読まなければ回答できないような、高度なレポートを要求する。


そのかわり、講義の内容は、時事ネタやギャグをふんだんに取り入れて、受講生を大笑いさせながら、飽きないように進めていく。


大事なポイントは、「漆塗り」手法で受講生の記憶に残るよう定着をはかる。少しずつ表現を変えながら何度も何度も繰り返し説明してくれるのだ。


佐藤氏が何度も「漆塗り」手法で解説してくれたおかげで、僕の中に定着した内容を2つだけ紹介する。


ひとつは、「搾取」と「収奪」のちがい。


何度も解説している中から、たとえ話がおもしろい説明を引用する。

 「搾取」と「収奪」は違いますね。私がコンビニで時給1000円でバイトをするとして、その時コンビニは私を雇うことによって絶対に1000円以上儲ける。そして、「たった1000円は嫌だな」と思ったら、私は断ることができる。労働を強制されているわけではない。そして仮にコンビニは私を雇うことによって1300円儲ける、つまり300円プラスになるのなら、この300円分が搾取になる。こういうことでしたね。
 収奪は違います。新宿駅サザンテラス口を出た所で、「おっさん、いま俺の肩に触ったじゃねえか! え? 痛え、痛え! おい、誠意を示せ! 誠意を!」と怒鳴られて、私が一万円を渡す。これが収奪(会場笑)。収奪は、背後に露骨な暴力があるわけです。
     (引用にあたり、漢数字を算用数字に置き換えた)


もうひとつは、賃金の決まり方。


資本論』の論理では、賃金というのは商品を売って儲かった利益の分配ではなく、商品を作るときのコストの一部であり、商品を生産するときにあらかじめ労働者の賃金をいくらにするか決めてから生産するのだ、という。


資本家が商品のコストを抑えようとすると、なるべく賃金を低くしようとするが、賃金を低くしすぎると、労働者は生きていけなくなってしまう。


社会全体で労働者が減ってしまうと、資本主義が続かなくなってしまうので、賃金というのは、労働者が生活していける最低金額に加え、労働力を再生産していくお金も含んでいなければならない。


佐藤氏は、1か月の賃金の決まり方を次のように解説する。

まず、一ヶ月の食費、服代、家賃、ちょっとしたレジャーといった、翌月も働くことができるエネルギーの蓄えのためのカネ。二番目、それだけでは次の世代の労働力を作り出すことができないから、家族を養う、あるいは独身者だったらパートナーを見つけることにかかるカネ。それがきちんと賃金の中に含まれていないと、資本主義はシステムとして続かない。それから三番目に、資本主義は発展していくとともに技術革新があるのだから、その技術革新に対応するための学習費用。この三つが賃金の要件で、これは生産のところで決まってしまうわけです。


ところが、最近の新自由主義的な資本主義の流れは、3つの要件を満たす賃金が支払われなくなってきている。


さすがに生きていけない(=翌月も働くことができるエネルギーを蓄えられない)ほどの低賃金は少ないものの、結婚して子どもをつくることが難しい賃金レベルだったり、子どもをつくることができる給与でも、教育費が高騰しているなかで、子どもを大学院に行かせたり、語学力をつけるために留学させることが難しくなってきている。

われわれの世代は、子どもの世代に、われわれが受けてきた水準の教育を、経済的理由から保障できないという、かつてなき「教育の右肩下がり」の時代に突入しつつあるのだ。


う〜ん。
中学生の娘を持つ親として、身につまされる。


じゃ、どうすればいいのか、という問いに、少しだけ佐藤氏なりの答えも載っているが、暗い話題はここまでにして、このあと、受講生を飽きさせないよう佐藤氏が繰り出した笑い話をいくつか紹介することにする。


ひとつ目は、意外と知られていない素顔のマルクスについて。


向坂逸郎氏(岩波文庫資本論』の訳者)が書いた『マルクス伝』によると、マルクスは生活が贅沢で、イギリスの安ワインなんか飲まないでボルドーのワインを飲んでいたそうだ。


大学時代に逮捕されているが、逮捕の理由は学生運動ではなく、飲酒による狼藉。しかも拳銃を所持していて発砲までしていたという。


共産主義者同盟」や「第一インターナショナル」を作り、「大革命をやってやろう!」と大言壮語したりしていたが、実はマルクスは実践運動をほとんどやらない人だった。


カネに汚いところがあり、エンゲルスに宛てた手紙に

「お前、なんで俺に十分な仕送りをしないんだ。俺にプロレタリアートのような生活をしろと言うのか」


と書いているとのこと。
なんともトホホな逸話である。


もうひとつ、橋下徹氏の去就について。


人は、いったんだれかを信頼すると、なにか信頼を裏切られることがあっても、ある程度は信じ続ける傾向がある。


ところが、ある線を飛び越えると信頼が崩れる。
それまで信頼の度合いが高かったせいで、かえってものすごい怒りの爆発や感情の混乱が起きる。


阿部外交もアベノミクスも、支持率が高いうちはいいけれど、信頼を失いはじめると内閣はもたない、と言ったあと、受講者の質問にこたえて、佐藤氏は次のようにキツイ評価を語った。

橋下さんはその典型です。ただ、いま言ったような閾値を知っているから、私には橋下さんが政治家を辞めたがっているように見える。民衆から忌避される前に政治家を辞めて、やしきたかじんさんの後が空いてますから、関西でテレビを中心に活躍するならそれで十分(会場笑)。だいたいそんなことを考えているのではないでしょうかね。彼は非常にシニカルですよ。


この本のもとになった講座は2014年1月から3月にかけて行われている。


ご存じのとおり、橋下氏は12月の衆議院選挙、4月の統一地方選挙で一定の支持を得たあと、つい10日前の大阪都構想住民投票は僅差で負けた。
開票結果が出たあと、市長の任期満了をもって今年12月に政界を引退すると橋下氏は表明した。

やしきたかじんの後がまに就くかどうかはまだ分からないが、「彼は非常にシニカルですよ」という佐藤氏の予言が当たったことになる。


資本論」は今こそ役に立つ、という佐藤氏の直感も、きっと当たるに違いない。