ウエットな資本主義


著者:鎌田 實  出版社:日経プレミアシリーズ(新書)
   2010年5月刊  \819(税込)  222P


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鳩山首相から菅首相に代わったとたんに、内閣支持率が20%から60%へV字回復した。
確かに首相が替わるのは大きな節目だが、政策がガラッと変わったわけでもないのに、こんなに支持率が急変するのはおかしいと思う。


僕は評論家じゃないから「いかがなものか」なんて言わないが、見た目や雰囲気で左右される民主主義の典型を見たようで、いい大人の一人としてとても恥ずかしい。
もっと日本の将来について、一人一人がしっかりした見識を持つ必要があるんじゃないの? と思う。


今日は、日本のすすむべき道を指ししめす2人のご意見を拝聴することにする。


1人目は、鎌田實さん。
『がんばらない』のベストセラーで有名になったあと、心にしみる本を何冊も世の中に送り出している。


僕の読書ノートでも、『だいじょうぶ』『トットちゃんとカマタ先生のずっとやくそく』など、もう7冊も紹介した。


その鎌田先生が、資本主義について本を書いた。


実は鎌田先生は、赤字続きだった諏訪中央病院を黒字に転換し、20億円を超える内部留保をためた実績をもっている。
決して、心の問題だけを訴えている理念先行の人ではない。


日本の将来のために鎌田先生が提案するのは、あたたかさをまわす資本主義、ウェットな資本主義だ。


「ウェットな資本主義」は鎌田先生の造語だから、よく分からない。よく分からないから、この本の中でいろんな例をひきながら説明してくれている。


ウェットな資本主義は、何よりドライな資本主義=弱肉強食を野放しにする資本主義に反対する。だから、ある程度のコントロールには賛成するが、経済を冷やしてしまう金融規制は「よくないことだ」と反対する。


医者の立場から、もっと医療費が高いくらいのほうが国民は安心して暮らせる、と主張するが、だからといって大きな政府には反対。真ん中より少し小さな政府をねらう、と言っている。
日本企業を太陽発電で世界のトップにすることを提言したり、命を守る産業や教育産業の将来性を強調したり、農業の成功例、人気のある店のの実例を紹介したりして、読者が元気になるよう盛りあげてくれる。


もちろん政府や企業にも努力を求めるが、応援することの大切さも強調する。たとえばトヨタがリコール問題でピンチになったら、息子が車を買い換えるとき、少しぜいたくしてワンランク上の車を買ってあげるように言ったという。


ウツからソウへ舵を切ろう、お金が使いたくなる社会、安心できる社会をつくろう。そのための基本理念を、ウェットな資本主義というのだ。


書名:目に見えない資本主義
副題:貨幣を超えた新たな経済の誕生
著者:田坂広志  出版社:東洋経済新報社  2009年8月刊  \1,680(税込)  227P


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2冊目に取り上げるのは、田坂広志さんの『目に見えない資本主義』だ。


田坂さんはソフィアバンクというシンクタンクの代表を務め、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムの国際アドバイザリー・ボードのメンバーに選ばれている。


僕の読書ノートでも、はたらくことの意味を考えさせられた『仕事の思想』や、『未来を拓く君たちへ』を取り上げたことがある。


暴走した資本主義への反省から、これから「目に見えない資本主義」を重視する社会がやってくる、と田坂さんは喝破する。そして、目に見えない資本主義の根幹をなす考え方は、日本型経営が大切にしてきた価値観だという。


田坂さんの考えでは、資本主義は「貨幣経済」という枠組みから外れるような大きなパラダイムシフトをむかえている。
これから資本主義に起こるのは、ヘーゲル弁証法が語る「螺旋的発展」だ。


「螺旋的発展」を簡単に解説すると、ものごとは右肩あがりに一直線に発展していくものではなく、横からみると右へいったり左へいったりしながら、少しずつ上に昇っていく。螺旋階段を1周すると前と同じ位置に戻ったように見えるが、実際は一段高い位置に昇っている。このように進歩・発展していく、という考え方が「螺旋的発展」だ。


たとえば、インターネット上の「オークション」や「逆オークション」は、かつて市場で行われていた「競り」や「指し値」が復活したものだ。資本主義の合理化と効率化のなかで、一度消えていった古いビジネスモデルが、ネット革命によって新たなサービスとして復活した。新たなサービスは、かつての「競り」や「指し値」が関係者しか参加できなかったのと違って、数百万人が参加できる「新たな価値」をもたらした。


貨幣経済にとらわれた現在の資本主義は「目に見える数字」を中心にしているが、新しい資本主義は「目先の数字に」に追われて短期利益だけを追い求めるようなバカなことはしない。


田坂氏は問う。

   そもそも、サブプライム問題やGMの破綻という問題は、経営者が
  「株主の短期的利益」の増大を性急にめざすあまり、「株主の長期的
  利益」を決定的に壊してしまった過ちではなかったのか。
   それは、「金融資本」という「目に見える資本」の増大を過剰にめ
  ざすあまり、信頼資本や評判資本、文化資本といった「目に見えない
  資本」を、決定的に壊してしまった過ちではなかったのか。


しかし、かつての日本には、すばらしい企業観や労働観があり、文化があった。


たとえば、「CS(顧客満足)を高めよう」などとスローガンを掲げるまでもなく、日本の商いでは「お客様が満足する」というのは議論以前のあたり前のことだった。
それを、消費者を企業の思うように動かし、本来なら買えないようなものまで買わせて利益を上げようとしたのが、サブプライム問題を引き起こしたのだ。


行きすぎた資本主義が、目に見えない価値を重視する資本主義に移行するとき、日本的経営の良きエッセンスが「新たな価値」をともなって復活してくる。


それが「資本主義の螺旋的発展」なのだ。


田坂氏は、次の言葉で本書を結んだ。

  この日本という国は、
  世界に先駆けて、
  その螺旋階段を、力強く登っていくべきであろう。