はんぶんのユウジと

著者:壇 蜜  出版社:文藝春秋  2019年10月刊  1,595円(税込)  185P


はんぶんのユウジと    ご購入は、こちらから

蒲田健というラジオパーソナリティをご存知だろうか。


1966年東京都出身で、現在53歳。
低音のナイスボイスでいろいろなスポーツイベントの会場MCやDJを務めている。


去年のラグビーワールドカップでも、にわかラグビーファンの一人として南アフリカイングランドの決勝戦をテレビ観戦していたら、実況音声から蒲田健の声が聞こえてビックリした。
会場MCを担当していたらしい。


その蒲田健が本の著者にインタビューする「ラジオ版学問ノススメ」というFM放送の番組がある。


僕はラジオでは1度も聞いたことがないが、放送されなかった部分も含めて編集しなおしたスペシャルエディションという音声コンテンツがネットで配信されていて、もう何年も楽しみに聞いている。
(2016年までは無料のポッドキャスト番組だったが、今は note で有料配信)


今日の一冊『はんぶんのユウジと』は、この番組で昨年11月に配信された著者インタビューでとりあげた小説(連作短編集)である。


「ラジオ版学問ノススメ」は、はじめに本の朗読と本の内容紹介を著者にお願いするのが恒例になっていて、著者自身に本の読みどころを語ってもらうところからインタビューが始まる。


少し長くなるが、今回の配信番組(noteの配信ページは→こちら)から、著者自身の朗読箇所と、本の内容を紹介した語りを引用する。


(作家の名前に敬称をつけない慣習があるが、タレントとして活動している著者は「さん」付けで呼ばれることが多いので、以下「さん」を付ける)


まず、著者の壇蜜さんが朗読した文章。

 十日前に「事件」が起きて、四日前から毎日両親のどちらかが私の携帯電話を震わせる。「具合はどうだ」「ちゃんと食べているか」を聞くとすぐに「向こうに一度ご挨拶に行こう」と言う。その度に私は「少し待って」とはぐらかす。今日はまだ電話はかかってきていないが、メールという新しいアプローチ法に変えたらしく、昼間に父が思いをしたためて、電波に乗せてきた。
「イオリへ。ユウジさんのご両親が分骨のお話をしたいそうです。明日一緒に伺いましょう。きちんともう一度ご挨拶しましょう」


内容紹介から少し外れるが、本を目で追いながら朗読を聞いていたら、少し違っていることに気づいた。


著者自身の朗読で、

「今日はまだ電話はかかってきていないが」

と読んだ箇所が、本には、

「昨日は電話はかかってこなかったが」

と書かれていたのだ。


他の箇所は本と朗読が一致していたのに、ここだけ時制が違っている。


たぶん、この番組の収録時点で本は出版されておらず、著者が読んだのは、校正刷(ゲラ)だったのだろう。


本の内容に戻ろう。


著者が朗読した箇所とその先の文章からは、次のような物語の骨格が見えてくる。


表題作「はんぶんのユウジと」の主人公イオリが27歳であること、ほんの10日前に夫のユウジが突然亡くなってしまったこと、それをイオリが実感できないでいること。


イオリが夫の死を実感できずにいる心情を、著者の壇蜜さんは次のよう
に語っていた。

イオリの心の中というのは、悲しみだけに満ちているわけでは
なく、喪失感はあれど、その喪失を味わうまでに至っていない、
非常に凪(なぎ)のような心の状態であるという。そういう時
に人はどんな行動を起こすのか、とか、どんなことを考えるの
か、というのを細かく描写はしたつもりです。


もともと二人の出会いはお見合いだったし、「絶対無理」じゃなかったらいいや、という受け身的な心情で結婚を決めた。


情熱に駆られた結婚でなくても、長年いっしょに暮らすことを通じて親密さが増したかもしれなかったが、その前に夫が死んでしまった。


著者が「非常に凪(なぎ)のような心の状態」と言うとおり、イオリの心情は、さほど悲しくない。


新婚で夫を亡くした時は、どうすればいいのだろう……。


イオリが静かに戸惑ったままで、表題作「はんぶんのユウジと」は終わる。



2作目の「タクミハラハラ」は、ユウジの弟、タクミが主人公だ。


大学2年の夏から付き合っていた彼女から、一緒に3年になった春、とつぜん別れ話を突きつけられた。


一方的に別れに納得できない思いを抱えたタクミは、「早く忘れるために、何か長期のバイトをした方がいい」、という友だちの意見に従うことにする。


選んだバイト先は大学近くのめがね屋。
実家の家族や友だちとのつきあいでは経験したことのない人間関係が、ゆっくりとした時間の中で築かれていく。


1作目と2作目は文芸雑誌「文學界」に掲載されたもので、残りの3作は単行本化のために書き下ろされた。


残り3作の内容について壇蜜さんは、

弟の同級生――同じ大学に通っている同級生のお話、弟の彼女のお話、弟とイオリの出会いのお話、という感じですかね

と「ラジオ版学問ノススメ」で語っていた。


本格小説がはじめてという著者にとって、独立した2つの物語を書いたあとの残りの3作をどうするか、というのは難しい問題だったろう。


5作目の「スカイコート101号室」で、壇蜜さんは前の4つの物語をゆるやかに繋げた。


特に盛り上がりもクライマックスも無い小説が、ホッコリして終わる。