脱「ひとり勝ち」文明論


著者:清水 浩  出版社:ミシマ社  2009年6月刊  \1,575(税込)  196P


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「勝ち組」、「負け組」、「ひとり勝ち」など、資本主義の暴走を象徴する言葉が僕はあまり好きではない。
その「ひとり勝ち」を脱してしまおう。「ひとり勝ち」を超越する文明を築いていこう、という勇ましい題名に惹かれて本書を手にした。


著者の清水氏は、30年間、電気自動車の開発に従事してきた研究者である。
エコカーの本命と最近注目されるようになってきた電気自動車だが、清水氏は、ブームが起こるずーっと前から電気自動車に注目してきた。
「やっと時代が俺に追いついてきた」という高揚感と自負心がうずまいているのだろう。
清水氏の語るエコ論、文明論は熱い。


さて、「ひとり勝ち」文明とはそもそも何だろう。
清水氏は、次のように定義している。


産業革命につづく工業化によって、20世紀を生きた人々は、いままでよりも裕福な生活をすごせるようになった。しかし、裕福な生活を送れるようになったのは、世界の約1割の先進国に住む人々だけだった。


一部の人間だけが裕福な生活を送れる状態を、清水氏は「ひとり勝ち」文明と呼ぶ。


「一人勝ち」の裕福な生活を送る力の源泉は、経済的な優位性だが、別の見方をすれば、「オイルなどのエネルギーを集中的に使える」ことによって支えられている、とも言える。


しかし、石油の使いすぎ、地球温暖化が問題となる現在、20世紀型のエネルギー浪費文明は続けられない、という警告があっちからもこっちからも提起されている。


もう地球はダメになってしまうのだろうか。
20世紀型の、便利で裕福な生活はできなくなってしまうのだろうか。


いや、違う! と清水氏は言う。


脱「ひとり勝ち」文明論に従えば、世界中の約70億人の人たちも、「20世紀のアメリカ人と同じように裕福な生活」を実現できる。


しかも、理想論や精神論ではない。太陽電池をエネルギーにした、第2の工業化を中心とした文明論なのだ。


太陽電池の発電なんて微々たるもの。太陽電池で地表をおおいつくすなんて非現実的だ。――という批判を聞いたことがある。


しかし、清水氏の計算によれば、地表面の1.5パーセントに太陽電池パネルを貼れば、70億人がアメリカ人と同じくらいの裕福なエネルギーを使える、らしい。


地表面積の1.5パーセントというのは、アメリカ合衆国の面積の5分の1。えーっ、たった1.5パーセントがアメリカの面積の2割? と思ってしまうが、「地球上の砂漠の7パーセント」とも言える。
アメリカの2割に太陽パネルを敷きつめるのは無理でも、砂漠なら文句を言う人も少ないだろうから、7パーセントも可能な気がしてくるから不思議だ。


便利で裕福な生活をあきらめないことは、エコを普及させるためにも大切な考え方だ、というのが清水氏の信念。


清水氏が長年たずさわってきた電気自動車も同じだ。エコカーなんだから、加速感やスピードは諦めなきゃ。乗り心地やスペースもある程度犠牲にしなくちゃ……、という引き算の発想ではワクワクしない。
どうせ作るんなら、カッコよくてワクワクして、スピードも乗り心地もいいクルマをつくりたい!


そんなワガママを実現したのが、清水氏が開発した「エリーカ」という電気自動車だ。


ポルシェなみの加速、最高時速370キロ、東京から名古屋までの電気代300円!


残念ながら、今は1台の単価が高すぎて普及させることはできないが、効率の良い製品は絶対に普及する。普及すれば安くなる。これからは8輪車のエリーカが電気自動車のスタンダードになる、と清水氏は確信をもって言い切っている。


今までの科学技術は地球を破壊する傾向があったけれど、これからは違う。地球の発展、人類の明るい未来を作っていくことに貢献する技術が、もう生まれている。


脱「ひとり勝ち」文明が、いま誕生する!


著者の興奮に触れると、きっと未来が違って見える。