本のチカラ


著者:美崎栄一郎編著 「希望の本棚」プロジェクト
出版社:日本経済新聞出版社  2013年3月刊  \1,575(税込)  237P


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本にはチカラがある。人を元気にするチカラがある、という分かりやすい主題で書かれた本を今日は取り上げる。


この本の発行日は2013年3月11日。
東日本大震災からまる2年を期して出版された。


震災のあと、美崎さんが「自分たちに何かできることはないだろうか」と友人と相談する中で「希望の本棚」プロジェクトが生まれた。


友人の名前は立川亜美。ラジオ番組のプロデューサーをしていた。
FMラジオのゲストに、それぞれの「希望の本」を尋ねる活動をはじめ、震災から8ヵ月後の2011年11月にプロジェクトが発足したという。


本書に収録されているのは、本と出会うことによって希望を取り戻した22人のストーリーだ。


病気やケガをしたときに読んだ本に勇気をもらった人、
仕事や人間関係に悩んでいたときに、前向きに進むアドバイスをもらった人、
「自分はこれから何をしたらいいのか?」と悩んだときにヒントをもらった人、
困難な状況をすすんでいく時に、一冊の本が心の支えになった人。


つらいときに背中を押してもらい、本から一歩踏み出すチカラをもらった。そんな22人の実体験には、きっと読者を突きうごかすヒントがあるはずだ。


読んでいて胸にグッときたエピソードのなかから、2人だけ紹介させてもらう。


一人目は160万部のベストセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』著者の山田真哉さん。


山田さんの希望の本は、『英単語ターゲット1900』という受験参考書だ。


えっ、受験参考書が「希望の本」なの? という疑問に答えながら、山田さんは、なぜこれが大切な本なのかを語ってくれる。


この参考書を使っていた1995年1月17日、神戸市灘区に住んでいた山田さんは、阪神・淡路大震災に見舞われた。


グシャッと歪んだ扉から家族4人がなんとか無事に外へ出たあと、山田さんは必要なものだけを取りに家の中に入った。
そのとき、1冊だけ持ち出した本が『英単語ターゲット1900』だったという。


他にも大切な本はあったはずだし、卒業文集も持ち出せばよかった、とあとで後悔するのだが、直前のセンター試験で英語の点数が悪かったことがよほどショックだったのだ。


山田さんは受験で頭がいっぱいだったのだが、友人から
  「実は、震災の日、家の下敷きになっていたおばあちゃんを
   助けたんだよ」
という話をあとで聞いたときに、「私はいったい何をしていたんだろう」という気持ちなった。


やるべきときに、やらなければならないことがある。
受験よりも大切なことが、本当はあったはず。


いまでも、『英単語ターゲット1900』を見るたびに、「いざというときにやらなくて、いつやるのか」という思いがこみ上げてくる、という。


東日本大震災が起こったとき、山田さんは、できる限りのことはやろう、と決めた。


小山龍介さんと宮城県にいき、流されず残ったビニールハウスからなかに溜まってしまった泥や金庫や仏壇を取り出す作業を手伝ったそうだ。


「つらい出来事も、ただ忘れようとするのではなく、みんなで乗り越えていけるようになりたいと思います」
と山田さんは呼びかけている。


もう一人は、本書の編著者でもある美崎栄一郎さん。


美崎さんは「希望の本」に、星新一著『ノックの音が』を挙げた。


星新一ショートショートといわれる短篇作品を1001編残した作家で、ショートショートの神様として知られている。


『ノックの音が』は、「ノックの音がした」というフレーズではじまる15のショートショートを集めた作品集である。
ノックの音のあと、泥棒が入ってきたり、見知らぬ美女が入ってきたり、さまざまな物語が展開されることに美崎さんは驚き、そのクリエイティビィティの高さに感動した。


中学生の美崎少年は、こんな楽しい作品が書けるなら、作家という仕事をやってみたいと思ったそうだ。


しかし、少年時代の熱はさめやすく、そのあとモノをつくる仕事がしたくなった。
こんどはエンジニアという言葉にあこがれ、理系の大学を出て、花王に入社する。


アタック、ニュービーズ、ワイドハイターなどの日用品から、化粧品のブランドのレイシャス、ファインフィットまで、数多くの商品開発に関わった。


何年か前、子どもの参観日に
  「お父さんの子どもの頃の夢って何ですか?」
という質問を受け、美崎さんは
「モノをつくるエンジニアになりたかった」ことと、「作家になりたかった」ことだと答えた。


そういえば、会社でエンジニアをやりながら、仕事の合間にビジネス書を書くようになっている。
少年時代の夢を子どもたちに伝えながら、「どっちもやっているなぁ」と気づく美崎さんだった。


その後、会社生活に区切りをつけ、美崎さんは「作家」として独立する。


作家専業となってからも、順調に本を書きつづけながら、美崎さんは3つ目の夢を考えてみようと思いはじめた。


星新一が「ノックの音がした」と書いたあと、無限の世界を広げたように。



残念なことに、「希望の本棚」のプロジェクトリーダーだった立川亜美さんは、2012年9月24日に不慮の事故で他界してしまった。


亜美さんの遺志をついでプロジェクト代表を務めている壁山恵美子さんが本書の「あとがき」を書き、プロジェクトが生まれたきっかけを紹介している。


突然の事故死は悲しいことだったけれど、残された多くの本が壁山恵美子さんが活動を続けるよう仕向けてくれた。


壁山さんが大切にしている立川亜美さんのメッセージを最後に引用させていただく。

新しい一日、
誰かの幸せのために役に立てますように。