〈貧乏〉のススメ


著者:齋藤 孝  出版社:ミシマ社  2009年10月刊  \1,575(税込)  222P


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一度売れっ子作家になると、あっちの出版社からもこっちの出版社からも声がかかる。
せっかくオファーしてくれるからと作家は時間を割いて応じるのだが、残念ながらだんだん内容が薄くなり、読者も離れてしまう、という傾向があるようだ。


3ヶ月ほど前に、池上・茂木・勝間の三氏が書店店長から「出版バブル」と非難される事件があったほどだ。(書店店長のWebページはこちら


齋藤孝氏も『声に出して読みたい日本語』がベストセラーになったあと、本を量産しつづけており、今年に入ってからだけでも40冊以上も出版している。


じゃ、齋藤氏も内容が薄くなっているだろうか。


いや、そんなことはない、と僕は思う。


齋藤氏の本は10冊くらいしか読んでいないが、そのうち7冊をこの「読書ノート」で紹介した。どれも、内容が濃かった。「ちょっと油っこすぎるんじゃないの」と感じたほどだ。
もし齋藤孝氏の本が売れなくなるとすれば、内容が薄くて呆れられるのではなく、あんまり濃すぎて読者が胸焼けしてしまうからだろう。


今日取りあげる本も、濃い。
齋藤センセ、今回も熱く熱く、思い入れたっぷりに語っている。


前置きはこれくらいにして、内容に入ろう。
齋藤氏が今回えらんだ話題は、「貧乏」について。


東大出身でベストセラー作家の齋藤氏に「貧乏」が分かるのかなぁ、と思って読みはじめたが、実は齋藤氏、大学院時代、オーバードクター時代に先の見えない「貧乏」を経験しているそうだ。


定収入がなく、年収は200万円台。博士論文が落とされ、大学院には八年間籍を置いていたが、とうとう学生身分もなくなった。
学生身分がなくなると、借りていた奨学金を返しはじめなくてはならない。返還できる状況じゃないのに、お金を返せとはどういうことか! と齋藤氏は憤慨した。


子どもが2人いて32歳の無職。
将来の見えない貧乏生活を齋藤氏は経験していたのだ。


『声に出して読みたい日本語』という起死回生のヒットを生んだあとも、齋藤氏は、

「仕事を断っていると、昔の状態に戻るのではないかと、不安になっていく」

という心理状態から抜けだせない。


食っていくのに困らなくなっているのに不安感に耐えられない、という貧乏の後遺症が、齋藤氏のあの大量の出版の原動力であるようだ。


自身の貧乏経験だけでなく、本書では西原理恵子安藤忠雄など貧乏から這いあがってきた人の経験談や、ドストエフスキーパール・バックなどの作家の作品を引用し、貧乏の効用、貧乏を力に変える方法を教えてくれる。


貧乏に陥ったときには、貧乏長屋のように貧乏を楽しむべし。その上で、二度と貧乏に戻らないぞ、という強い思いを抱き、成功に導く原動力としよう。
この心がまえがまず大切である、と強調する。


次に、貧乏ゆえの学習効率の上げかたを伝授。
「ワザ」大好きな齋藤氏らしく、「貧乏を力に変える10の技」を提案したあと、貧乏に似合うもの、似合わないもの、希望を育むお金の使い方も教えてくれる。


最後は「貧乏は希望だ!」とまで言いきって本書を終えている。


貧乏が嫌いな人にはお勧めできないが、『三丁目の夕日』に少し憧れを持つ人や、今の生活がぬるま湯みたいに感じている人には、いい刺激になると思う。


僕が齋藤氏に親近感を抱いたのは、齋藤氏が奨学金を申し込むときの話。


奨学金の申請書に書いた文章は、長年の友人から、
  「いままで見たおまえの文章の中でいちばんうまい」
と言われるくらいの名文だったらしい。


齋藤氏自身も、「私の生涯でいちばん上手な文章を書いた」と言っているのは、次のような内容だった。

 父親が入院し、母親も病気で、家の商売も傾き、自分はこのような貧しい状況であり、それでも勉強をしたい。そのようなことを書いた。
 嘘は書いていないが、多少ふくらませてはいる。多少の誇張と事実を複合していくと、すごい説得力になった。その文章もあって、見事に奨学金を勝ち取った。


齋藤氏とうり二つの経験を僕はしている。


20代から貧乏になった齋藤氏とちがい、僕は生まれたときから貧乏だったので、高校に入学する前に奨学金を申し込んだ。


齋藤氏と同じく、自分の家がどれだけ困っているかを短く切々と訴える文章を書いた。当時の日本育英会、北海道教育委員会、地元町教育委員会の3箇所に提出した奨学金申請書類は、いずれも担当者の心に響いたようで、僕は高校時代に3つの奨学金を支給されることになった。


ほとんどコピペの文章を提出し、大学時代には日本育英会のほか、2つの民間企業の育英会からも奨学金をいただいた。(コカコーラさん、YKKさん、ありがとうございました!)


奨学金はあとで返さなければならないお金だが、合計350万円の大金を手にするきっかけになった僕の文章は、たった200字足らずだった。
今の僕は、日経ビジネスから少しだけ原稿料をもらえる作家のはしくれだが、200字で350万円の文章は、まだ書けていない(笑)。


僕も、奨学金申請のために「私の生涯でいちばん上手な文章を書いた」のだ。


最後に、齋藤氏があとがきに書いている自薦の言葉を引用しておこう。

「心が折れやすい」と自分で感じるところのある人には、特にこの本を読んでほしい。
 お金が足りない状況の大もとにある、心の構えに目を向けてほしいと思う。
 不運にして(?)貧乏を経験できずに成長してしまった人にも、ぜひ貧乏感性は身につけてもらいたい。揺るがない肚《はら》ができるからだ。
 働けることに感謝し、食べられることに感謝することができれば、意外に人生は明るい。