副題:自分らしさのつくり方
著者:平野 秀典 出版社:日本経済新聞出版社 2010年10月刊 \1,575(税込) 221P
僕は本業でコンピュータのSE(システム・エンジニア)をしているが、読書ノートで僕が取りあげる本は、ほとんど本業に関係のない本が多い。
「心にしみる本」をメインにしているので、IT関係の本は紹介しない。ビジネス書もあまり取りあげないし、取りあげたとしても、自分の仕事に応用できそうな本が少ないからだ。
今回は違った。
「心にしみる」本。しかも仕事にも使えそう。
こんどお客様とお会いするとき、この本で読んだエッセンスを念頭においてお話ししてみよう、と思ったのだ。
『感動3.0』著者の平野秀典さんは、会社員をしながら、舞台俳優として10年間活動していたという珍しい経歴を持っている。
一部上場企業の本社で教育を担当していた平野さんの専門は、実践教育だった。
最先端のセールストレーニングスキルを導入して、営業所の業績を短期間に向上させたり、初の女性営業チームを億単位の売上げを上げるチームに育てたり、実績を上げていたそうだ。
しかし、新しい手法を用いる平野さんの活躍は上司の受けが悪く、とうとう花形のマーケティング部署から、ショールームに異動させられてしまう。
もちろん、ショールームはお客様へ商品をアピールする大切な職場なのだが、周りは女性ばかりだ。男性が必要とされない職場への異動は、平野さんにとって「左遷」としか思えないものだった。
しかし、平野さん、めげない。
本社の目の届かない勤務地で、演劇的表現力とビジネスの関係性の研究に時間を注ぐようになった。
ある新商品の発売を機に、新しい切り口の商品セミナーを構築し、近くの営業所から辻説法的に広げていったのだが、このセミナーが全国の支店に知られるようになった。
社内だけでなく取引先のイベントにまでセミナー講師として声がかかるようになり、その商品の大ヒットも相まって、平野さんは人気講師として年間100本もセミナーを行うようになる。
会社のなかで「企業内個人ブランド」という不思議な立場を獲得した平野さんは、その後“企業内”を抜けだし、自分の会社を設立した。現在は、日本で唯一の感動プロデューサーとして、大手企業から中小企業まで講演(公演)・企業指導を行っているという。
その平野さんの10冊目の本が『感動3.0』だ。
Web 2.0 がブームになったのが約5年前なので、ちょっとネーミングが古い気もするが(笑)、この言葉には、きちんとした感動の段階定義がある。
ビジネスの世界で「顧客満足」という考え方が生まれたのが「感動1.0」である。
大量生産でモノを供給するだけでなく、お客様の意見やニーズを考えようよ、という意識が生まれたことで、感動の初期段階に達したのだ。
その後、テーマパークやホテル、レストランなどのサービス業で生まれた感動的な接客が評判を呼び、「感動を与える接客」がマスコミで紹介される時代を迎えた。
これが、「顧客感動」の「感動2.0」だ。
しかし、サプライズなどで感動を「与える」しかけは、1度はうまくいくが、2度め、3度めは難しくなる。
派手なパフォーマンスではなく、地道に信頼関係を積み重ねていくアプローチを、平野さんは「自他感動」の「感動3.0」と位置づけた。
単なる顧客満足ではなく、一方的に与えたり捧げたりするのでもない。上下方向ではなく、水平方向の影響力で心を通わせることが大切なのである。
感動3.0から発想する平野さんの次の指摘に、僕はハッとさせられた。
それは、20世紀に生まれたマーケティングや経営学で使われる言葉に、なぜか「戦争用語」が多い、ということだ。
戦略、戦術、戦闘力、攻略など。
お客さま相手に、何を戦おうというのか。
「問題なのは、戦うべき相手ではないお客様に戦争用語を使う愚行を避けることです」
との平野さんの指摘は、言われてみればもっともなのだが、今まで一度も考えたことがなかった。
戦争用語の代わりに演劇用語を使ってみてはどうだろう、という舞台俳優らしい提案は、納得してスーッと心にはいってくる。
「戦略」の代わりに「シナリオ」
「戦術の代わりに「演出」
「戦闘力」の代わりに「表現力」
「攻略」の代わりに「共演」
「囲い込み」の代わりに「ファンを創る」
なるほど。演劇用語を使うと、確かにあらそいごとがなくなりそうだ。
ここから先の「感動3.0」の指南は読んでのお楽しみとさせていただくが、
「日本人の資質には世界中の共感を呼ぶものがあった」
「美学はスキルである」
「恩送り」
など、気になるキーワードがちりばめられている。
本書には多くの感動的な逸話が「感動3.0」の実例として紹介されているが、特に印象的だったお話を、ひとつ紹介させていただく。
それは、荒天の中で飛び立った、ある飛行機の機長の挨拶だ。
原文の一部を引用する。
(悪天候のため飛行機の出発が遅れたことをお詫びしたあと)
「飛行機が遅れた上に、誠に個人的なお話で大変恐縮なのですが、実は、今回のフライトを担当いたしております客室乗務員のTが、本便を最後に退職いたします。
Tとは、同期として入社し、共に歩んできた仲間でございます。
彼女は、上司に恵まれ、仲間にも恵まれ、一生懸命仕事に取り組んできました。最終の便をご一緒させていただきましたご縁に甘えて、皆さまに一言ご報告させていただきます。ありがとうございました」
数秒の間をおいて後、機内に小さな拍手の音が響きました。
はじめは、遠慮がちな疎らな拍手が、やがて機内全体へ広がっていきました。
入社が同じという私的なことを挨拶に入れる必要はない。むしろ、常識的にはやってはいけないことだ。
しかし、その必要性を超えた機長の思いが乗客の共感を呼び、感動が生まれた。少しだけ余計な心遣いが、ほかの人と共鳴した瞬間だった。
この機長のような、航空関係者が実際に経験したポッと心が温かくなるお話が載っているのが、本日の2冊目、『空の上で本当にあった心温まる物語』だ。
空の上で本当にあった心温まる物語
著者:三枝 理枝子 出版社:あさ出版 2010年10月刊 \1,365(税込) 237P
著者の三枝理枝子さんは、日本の空を飛んでいる青いほうの航空会社の元社員。
長年キャビンアテンダントを経験し、いまは出身航空会社の研修をしたり、一般企業や学校でコミュニケーション研修を行っている。
本書は、3万9千フィートの上空でくり広げられる、お客様と運行乗務員のあったかい交流のエピソードを33個あつめたものだ。
ディズニー関連本のような大きなしかけや感動はない代わりに、自分もできそうに思えるちょっとした心づかいと、小さな拍手がたくさん載っている。
まるで、1冊目の『感動3.0』の実践編のような内容だったので、簡単に紹介させていただいた。
どちらも読みやすい文体・内容なので、ダブル読書をお勧めする。