死ぬこと以外かすり傷

著者:箕輪 厚介  出版社:マガジンハウス  2018年8月刊  1,512円(税込)  173P


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僕の実家は北海道の酪農家だったが、跡を継がなかった。


大学を出て会社員になった僕は、毎日きちんと会社に通い、配属された職場でコツコツと仕事をしてきた。
農家は選ばなかったけれど、生き方は農耕民族そのものだ。


かたや、本書の著者、箕輪(みのわ)氏の生き方は、狩猟民族のようだ。


学生時代から、

透明人間のような、いてもいなくても変わらない存在にはなりたくない。

と思っていた。


それでも、当時は目立ちたがりが過ぎるくらいで、常識を外れる度合いはまだ小さかった。


出版社(双葉社)に就職し、雑誌の広告営業部門で、「ダメサラリーマンの典型のような日々」を過ごしていた箕輪氏だったが、編集者になってから狩猟民族の本領を発揮しはじめる。


編集部に異動して最初に企画したのが、幻冬舎社長である見城徹の『たった一人の熱狂』だった。


出版界の革命児といわれる見城徹から発する「熱狂」に伝染し、編集者の彼も「発狂」しながら1冊の本にまとめた。


本ができたあと、通常は営業部や宣伝部とチームプレイで売っていく。
しかし、スケジュールを見た見城徹は「遅すぎる!」と怒った。


「搬入日をあと2日前倒しにしろ!」とか、「幻冬舎の流通を使え」などと、無茶な要求をしてきた。


板ばさみになった箕輪氏が、双葉社が「無理だ」と言っていることを伝えると、見城徹は言った。

「箕輪、よく聞け。無理はなあ、通すためにあるんだよ!」

と。


眠っていた狩猟民族の血を、この言葉が呼びさました。


箕輪氏は「見城徹のいる幻冬舎へ行かなければダメだ」と決意する。


移籍した幻冬舎は、緊張感あふれる会社だった。

会社のド真ん中に見城徹という帝王が君臨しており、見城組のガチンコ文芸編集者が圧倒的集中力で文藝小説を編集するスパルタな会社だった。僕も入社した1日目は「さっきまでここで殺害事件でも起きていたのかな?」と思うような緊迫感がオフィスに流れていて戸惑ったものだ。


この会社で生きていくために、箕輪氏は「与えられた仕事をこなす」という農耕民族的な発想はしなかった。


「自分にしかできない仕事とは何か」を考え抜いた結果、幻冬舎の主力分野だった文芸や芸能のジャンルでは戦わずにビジネス書に集中することにした。


「NewsPicks Book」という新レーベルを立ち上げ、毎月1冊の書き下ろしビジネス書を出版するという、業界人が聞けば無謀と思える行動に出た。


書籍を作るのに通常は半年以上かかるものだが、毎月1冊出さなければならない。
3冊同時に制作したとしても、1冊にかけられる時間は3ヵ月しかない。


書下ろしを書いてくれる著者には、かなり無茶な注文を出した。


本を書かされた著者は、「まさか3日で書けと言われるとは思わなかった」とか、「いきなりやってきて『締め切りは3週間後です』と言われたのが一番印象に残ってる」と語っている。


濃縮された時間で熱がこもった書籍は、次々とベストセラーになっていった。


本書は、編集者としての実績を背景に、「もっと熱く生きろ!」と読者にハッパをかける啓発書である。


箕輪氏は結果を出しているし、農耕民族の僕とは生き方が全く違っているので、何かコメントするのはおこがましい気もする。


しかし、あまりの熱さに読者がびっくりしないよう、本書を読むときに気をつけた方がいいことを少しだけ書かせてもらう。


ひとつ目。
著者の箕輪氏はわがままだ。


編集者として、好きな本しか作らないと宣言している。

まずは自分が好きなものを作る。(中略)
どれだけ健康本が売れていても健康に興味がないから僕は作れない。あくまで自分が熱狂できるかどうか。世界中の誰も興味持たなくても、もし自分が最高の本だと思えれば僕はそれでいい。(中略)
本なんて売れなくても誰も死なない。会社がちょっと損するだけだ。大切なのは自分の心がどれだけ動くか。だから僕はただひたすらに自分の感覚で自分が読みたいものを作る。こっちから読者や時代に合わせに行くことはない。


ふたつ目。
箕輪氏は二枚舌だ。


「前述したことと矛盾するようだが」と前置して、次のように言っている。

会社の金を使って赤字を垂れ流して「作りたい本を作れればいい」などというのは甘えに過ぎない。自分の金でやれ。そして、そういった人間が作るものはたいていの場合、おもしろくもない。覚悟がないからだ。覚悟が甘い人間のコンテンツはゆるい。ビジネスでやっているのだから、儲からなければいずれ終わる。


もうひとつ。
箕輪氏は“自慢しい”だ。


創刊1年で累計100万部を売るのはすごいことだが、それを自分の口から、

「出版不況の今ではありえない数字を作ることができた」


と言い、ちょっと謙遜の気配をみせながらも、

「出版界を代表するヒットメーカーだとか最先端の編集者だとか紹介されることもある」

と言いのける。


収入についても、

「僕はこのオンラインサロンの収益が月700万近くあり、他にプロデュースやコンサルを10件以上やっている。副業の収益は会社の月給の20倍以上ある」


と、読んでいるこちらが恥ずかしくなるようなひけらかし方だ。


わがままで、二枚舌で、自慢しい、というと最低の人間のように聞こえるが、それでも箕輪氏はカッコいい。


農耕民族にはない「華」がある。


そもそも書名がいい。


「死ぬこと以外かすり傷」なんて聞いたこともない。
危険をかえりみず、グイグイ前に出ていく積極的な生き方を連想させる。


本を開いてみると、書かれている内容の熱さ、過激さはタイトルに負けていない。


自負と自慢のかたまりなのに、愛嬌がある。
どこか憎めない。


「あんた、すごいよ!」と手放しで称賛したくなる。


昭和のキャッチコピーじゃないが、「スカッとさわやか!」な本を久しぶりに手にした。


狩猟民族ってマジやばい!