著者:佐々木 常夫 出版社:河出書房新社 2014年12月刊 \1,512(税込) 205P
育児、家事、介護に追いかけられながら6度の転勤をするという激務に耐え、仕事でも結果を出した人物が書き下ろした人生訓である。
著者の佐々木氏は、1944年生まれ。
結婚して3人の子どもをもうけたのだが、長男が障がいをもって生まれた。
学校でのトラブルなどで右往左往する毎日を送っているさなか、肝硬変を患った妻がうつ病を併発してしまう。妻としての役割を果たしていないという自責の念と、長男の世話などが原因だったという。
妻は40数回の入退院をくりかえし、3度も自殺未遂をはかった。
何の因果でこんなことになってしまったんだろうか?
佐々木氏は夜中に何度も叫び出しそうになった。
この絶望的状況から佐々木氏を救ったのは、仕事への情熱だった。
育児、家事、介護に忙しい日々を送りながらも、大阪と東京で6回の転勤を命じられながら、会社の事業改革を推進し、破綻会社の再建に取り組んだ。
仕事の成果を認められた佐々木氏は、同期トップで東レ株式会社の取締役になり、その後、東レ経営研究所の社長になった。
時間的余裕ができたこともあって、妻の病状が落ちつき、家族の苦境は峠をこえた。
家事と仕事から一歩も引かなかった経験を書いた『ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない』を2006年6月に出版したことがきっかけになり、その後
など、仕事に向かう姿勢、リーダーのあるべき姿についての著作を出版している。
仕事術について何冊も本を出した佐々木氏は、仕事をする上での現実的、実践的内容も大切だけれど、人生を生きるうえでもっと大事なことがあるのではないか、と考えるようになった。
本書で著者は、「人はなんのために生きるのか」「どう生きるべきか」という大きな問いを立て、自分が考えてたどり着いた答えを述べている。
文字にしてみると本人も気恥ずかしくなるほど大上段に振りかぶった結論で、「とても自分はそんなレベルではない」と思ったそうだ。
しかし「それでもなお」、そういう生き方を目指すべきだ。恥ずかしがらずに、「今感じている、今自分が信じている生き方を書く」ことにしたのが本書である。
目次だけ見ると、佐々木氏が「いささか上から目線の教条的な結論」と言うだけあって、タテマエとも、きれい事とも受け止められかねない項目がならんでいる。
いくつか引用してみよう。
運命を引き受ける
それが、生きるということ
人は誰しも重荷を背負っている
そのことがあなたを鍛えてくれる
弱い人を助けなさい
それがあなたの幸せにつながる
異質な者を受け入れる
多様性を活かせば強くなる
不遇でも落ち込まない 腐らない
必ず見ている人がいる
これだけ見ると「そりゃそうだけど、それができないから悩んでるんだよ!」と反感をおぼえる人もいるかもしれない。
しかし、本文の内容は、決して「上から目線」でも「教条的」でもない。
過酷ともいえる佐々木氏自身の経験を語り、きれい事に聞こえるかもしれないが、「それでもなお」原則をつらぬいていく大切さをうったえていく。
たとえば「運命を引き受ける」で明かす佐々木氏の“運命”は、6歳で父を亡くしたことからはじまる。
母は27歳で4人の男の子を女手一つで育てることになったが、手に職を持っているわけではない。毎朝、子どもたちが起き出す前に家を出て、休日もなく毎日夜10時過ぎまで働いた。
母は愚痴めいたことを言わず、微笑みながら言ったそうだ。
「与えられた運命を引き受けて、その中でがんばろうね。がんばっても結果が出ないかもしれない。だけど、がんばらなければ何も生まれないのよ」
母に教えられた「運命を引き受ける」という態度は、佐々木氏にも受け継がれる。
長男の世話に走り回り、妻の自殺未遂、転勤につづく転勤の日々に絶望的な気持ちになりながらも、母のことばが支えになった。
快方に向かった妻は、テレビの取材を受けたとき、
「この人からは、親から受けた何倍もの深い愛情をいただきました」
と言ってくれたという。
他の項目も、一見するときれい事に聞こえるタイトルのあとに、佐々木氏の体験に裏うちされた心のかよった主張が展開されている。
なかでも、僕がいちばんココロにしみたのは、「弱い人を助けなさい」である。
家族の問題をかかえながらも仕事で結果を出せたのは周囲の人たちの支えがあったからだ、と感謝したあと、佐々木氏は、立場の弱い人や困っている人を見捨てずに助けることの大切さを次のように訴える。
しかしこれは「言うは易く行うは難し」です。
同じ職場に仕事がうまくできない人がいれば、そのために自分が担当している仕事が進まなくなることもあります。
自分のことで精いっぱいで、とても同僚のことになんて目を向けている余裕がないときもあるでしょう。
しかしそれでもなお、常に弱い人に寄り添える人間でありたいと思います。
(中略)
強い人は放っておいても、自分の力で仕事をしていきます。会社や社員が配慮しなくてはならないのは弱い人たちを支援することによって、その人の能力を最大限に引き出し全体のアウトプットを最大化することです。こういうことをダイバーシティ経営と呼びます。
自然な気持ちというか素直に弱い人を助ける行動に出てほしいのですが、そう簡単ではないかもしれません。しかし私は「それでもなお弱い人に手を差しのべるべき」と思っています。
自分のことで精いっぱいな時もあるかもしれない。「それでもなお」常に弱い人に寄り添える人間でありたい。簡単ではないかもしれない。「それでもなお」弱い人に手を差しのべるべき。と、ここぞとばかりに「それでもなお」を繰り返す。
佐々木氏の信条であり、ゆずれない一線であることが伝わってくる。
ただし、佐々木氏がいつも厳しいことを言っているわけではない。
がんばらなくてもいいときがある
ときに逃げてもいい
と、いう項では、障がいのある長男が中学校でいじめに遭ったときの経験を通して、逃げることの大切さも語っている。
だれもが順風満帆の人生を送れるわけではない。
苦しい状況になり、「どうして自分だけが……」と自暴自棄になりそうなとき、「あなただけではない」と教えてくれる。「それでもなお」と立ち上がる勇気を与えてくれる。
佐々木氏のあたたかさが伝わってくる一書である。
以下、余談だが……
佐々木氏は「あとがき」に、つぎのように書いている。
61歳で初めて本を書く経験をし、そのあと何冊かの本を書く機会に恵まれたことで、主として自分のビジネスマンとしての人生を棚卸しすることができました。
もう私の書くべきことはすべて書き終えたと思っていたところに、河出書房新社のSさんから『それでもなお生きる』というタイトルで「人の生き方」について書いてほしいと言われました。
※佐々木氏は実名で書いているが、引用にあたり編集者名を「Sさん」と仮名にした。
ん? このSさん、最近見かけたぞ……。
すぐに見つかった。
1月12日読書ノートで紹介した鎌田實著『1%の力』の「あとがき」だった。
まるごと1冊「1%の不思議な力」でユニークな本をつくりたい、という河出書房新社編集部のSさんからの提案で本づくりが始まりました。何度も壁にぶつかった。迷いながら苦しかったけど、楽しい時間でした。
※鎌田實氏は実名で書いているが、引用にあたり編集者名を「Sさん」と仮名にした。
そうか。『それでもなお生きる』も『1%の力』も同じ編集者が企画した本だったんだ。しかも、2人とも何冊も本を出しているが、河出書房新社からは初めての著書だ。
Sさんが編集して世に送り出した2冊は、どちらも著者に新しい切り口を提案したもの。きっと、著者の心と、読者の心をグッとつかむ何かを持っている編集者なのだろう。
どちらも僕のココロに強く響いたのは偶然ではない。
Sさんの次回作も楽しみだ。