銀河鉄道の父


著者:門井 慶喜  出版社:講談社  2017年9月刊  \1,728(税込)  408P


銀河鉄道の父 第158回直木賞受賞    ご購入は、こちらから


宮沢賢治の生涯を父親の視点で描いた小説である。


ことしはじめに第158回直木賞の受賞が決まって話題になっていたが、書店で手にしたものの「話題になった本は読まないゾ」というアマノジャクなので(笑)、買わなかった。


もうほとぼりも冷めたころなので、読んでみた。


宮澤賢治は有名な童話作家で熱烈なファンも多い国民的作家である。
僕自身も、小学校のころ「雨ニモマケズ」を暗証したり、宮澤賢治作品集を読んだり、大学生時代に「セロ弾きのゴーシュ」をタイトルにしたさだまさしの曲を聴いたり、松本零士の「銀河鉄道999」をロードショーで見たり。人並み賢治に接してきた。


熱烈なファンにくらべると話にならないレベルだが、それでも宮澤賢治が有名になる前に亡くなったことは知っている。自費出版で本を出したものの、話題になる前に亡くなった無名の作家だったのだ。


父親は、岩手県花巻で質屋を営んでいて、賢治に家業を継がせたいと思っている人だった。


裕福な父親の視点で賢治を見るとどうなるのだろうか。


子どもの頃「石っこ賢さん」と呼ばれてちょっと変わった子ではあったが、学業優秀で盛岡中学へ進学して逞しくなった。


しかし、ためしに質屋の店番をさせても、客に同情して質草の価値以上のお金を貸してしまう。親から見るとまったく世間を知らないまま大きくなってしまい、ドロップスを作る工場を経営したい、とか、盛岡中学卒業後に進学した盛岡高等農林学校に残りたい、などと言い出し、かたぎの仕事に就こうとしない。


人造宝石を作りたいので資金を出して欲しい、という申し出を拒むと、こんどは「信仰に生きます」と街へ出て「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」と太鼓をどかどか鳴らしてまわる。浄土真宗の熱心な信者である父親への当てつけとしか思えない。


だからといって、父親は賢治を見捨てることができない。


家長として家族を支配していればよかった時代なのに、子どもが可愛くて仕方がない。


質屋を継ぐのに学問はいらない! と言いながら、中学にも、高等農林学校にも進学を許し、学費や生活費をまかなってしまう。
賢治が病気になれば、病院に泊まりこんで看病し、汚れ仕事までこなしてしまう。


生活力のない息子を、やきもきしながら見守っていたのに、運命は残酷だ。
とうとう賢治は肺病で死の床についてしまう。9年前に同じ病気で亡くなった妹と同じように、少しずつ病状が悪化していく……。


亡くなったあと有名作家になった賢治しか知らない読者の中には、彼が童話作家として幸せな人生を過ごしたように錯覚している人も多い。


父親の期待に応えられず、生活力もなく、無名のまま亡くなっていく賢治の姿、死にゆく息子を見守る父親の姿は哀しい。


著者の門井氏は、書いているうちに「ああ、このドラ息子は僕だな」と気づいたそうだ。
門井氏も長男に生まれたが、父親と別の道を選んだ。
売れもしない原稿を書いていた時代は、社会能力のない男という点で賢治と同じだった。


最後に少しだけ救われる場面を挿入したのは、亡くなった自分の父への門井氏の報告なのかもしれない。
「作家で食えるようになったよ」と。