宝くじで1億円当たった人の末路


著者:鈴木 信行  出版社:日経BP社  2017年3月刊  \1,512(税込)  357P


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日経ビジネスオンラインの本書特設ページに、
「あっという間に7万部突破」
と載っている。


著者が村上春樹又吉直樹だったら驚く数字ではないが、本の売れない昨今で「7万部」は「ベストセラー」と言っていい売れ行きだ。


これだけ売れると、「面白かった」という反響だけでなくクレームも多いらしく、この本の特設ページには、「題名だけで勘違いしている人」に向けて、「この本はそういう本じゃありませんからね〜」とお断り文を載せている。
このお断り文が結構おもしろいので、特設ページのQ&Aの内容を先に紹介する。


まず、この本の目的について。

本書は「人生でしくじった方」を見て、みんなで笑うのが主目的ではありません(それは副目的です)。
一番の目的は、皆さんに元気を出してもらうこと。


悲惨な「末路」のルポじゃありませんよ。そんな期待しないでね! ということだ。


続いて、ありがちな疑問。

「宝くじに当たった人の末路」だけが書かれているの?


もちろん、答えは「いいえ」だ。

「事故物件を借りた人」「友達ゼロの人」「一生賃貸派と決めた人」「外国人観光客が嫌いな人」「キラキラネームの人」…など、様々な人の末路を全23編、約350ページにわたって収録しています。


世のクレーマーは、きっと次のように言うだろう。

だとすれば、タイトルと内容が乖離しているのでは。
ぱっと見ただけで中身を連想できるタイトルを付けるべきだったのではないか。


「特設ページ」氏(たぶん著者本人)は次のように反論する。

社内でも全く同じ叱責を受けています。しかし、「タイトルを見ただけで中身が分かること」が売れる本の絶対必要条件であるのなら、『火花』や『騎士団長殺し』がメガヒットしている理由を論理的に説明できません。


ヒットさせるために目立つタイトルをつけて何が悪い! って堂々と開きなおっている。
言うよね〜。


本書は日経ビジネスオンラインの連載が元になっているが、

連載をまとめただけじゃないの?

という質問には、

大胆な構成変更と大幅な書き下ろしで、連載とは全く似て非なるものになっています。

と連載とは内容が違うことを強調している。


ネットの連載をタダで見ただけで読んだ気にならないでください。ちゃんと買ってください! と言っているのだ。


このあと、いくつかのイチャモンに答えながら、さりげなく内容を宣伝し、最後に、

そもそも読書の習慣がないんだけど。

という興味のなさそうな人にも、

問題ありません。漫画のようにすらすら読める平易な内容で、難しい漢字にはルビも振りました。「留学に逃げた人(学歴ロンダリング)の末路」のように抱腹絶倒のテーマあり、「日本一顧客思いのクリーニング店の末路」のように落涙滂沱のテーマあり。ぜひ最後までお楽しみ下さい。

と追いすがっている。


エライ!
せっかく興味を持ってくれた人を逃すまいとする、この全方位への気遣いが7万部のヒットにつながっているに違いない。


特設ページだけではない。もちろん本書の内容も、全方位への気遣いに満ちている。


一般的に「こういう人の未来って、明るくないよね」と思われている「○○な人」を題材に選ぶところから、著者の取材が始まる。
そのまま、「○○な人は、悲惨な人生を歩みますよ」と偏見を助長するのは簡単だが、著者の鈴木氏は、こういう人の将来って本当はどうなんだろう、とその道の専門家に話を聞きにいってみる。
専門家に聞いてみることによって、読者が納得する答えを得ようという気遣いなのだ。


専門家の回答には予想通りの答えもあるが、「気にするほどではありません」とか、「こうすれば回避できます」というアドバイスが出てくることも多い。なかには、「そんなことはありません」「むしろ、○○な人の方が素晴らしいです」という結論に達しているものもある。


意外性の高い結論が多いなかで、僕が一番驚いたのが「『友達ゼロ』の人の末路」だ。


友人の数に関するアンケートで、友達がいないという社会人が5〜6%いる。友達がいない人は、人間としての価値が低いのではないか。悲惨な将来が待っているのではないか? という疑問を専門家にぶつけている。


答えてくれるのは「人間関係に詳しい明治大学文学部の諸富祥彦教授」である。


諸富教授は僕も知っている。諸富教授の著書『あなたのその苦しみには意味がある』を4年前に紹介したことがあるからだ。
あなたのその苦しみには意味がある 日経プレミアシリーズ    僕の書評はこちら


急に仕事が忙しくなって心が折れていたときに、「つらかったら逃げてもいい。きっとあとで意味がわかる」と言ってもらい、心をわしづかみにされた。
僕にとって諸富教授は、疲れていた心をラクにしてくれた恩人である。


その諸富先生が「『友達ゼロ』の人の末路」について「問題ありません」と即答し、次のように続けた。

僕に言わせれば、「誰かと絶えずくっつくことで安心感を獲得し、そうでない人間を排除しようとする人たち」こそ、よほど問題だと思いますよ。


同調圧力の強い日本で人と群れてばかりいると、自分が何をどう感じていて、何を欲しているのか分からなくなる。むしろ孤独力が大切だ、というのだ。


いざという時に誰も助けてくれなくなる、と不安を感じる人もいるかもしれないが、諸富先生は、

広く浅くの表面的な関係で結ばれた友達が、いざという時に、本気であなたを助けてくれると思いますか。

と問いかける。


友達ってなんだろう? と考えるきっかけを与えてくれるなんて、本の題名からは想像もできない。


人の「末路」をいじっているだけの偏見本、と思ったら大まちがいだった。



さて、本書がよく売れていることもあって、鈴木氏の日経ビジネスの連載はまだ続いている。
もし鈴木氏がこのレビューを読んでくれたら、ひとつ、取り上げてもらいたい話題がある。


それは、「電車でスマホに夢中になっているひとの末路」だ。
電車で通勤していて、周りはスマホばかり。本を拡げている少数派の僕としては、ぜひぜひ取り上げてもらいたいテーマだ。


インタビューする専門家は、やはり諸富教授が良いと思う。諸富教授は、昨年『スマホ依存の親が子どもを壊す』を出版していて、スマホ依存症について考察しているからだ。


スマホ依存の親が子どもを壊す    ご購入は、こちらから


スマホにどっぷり浸かった日本人はどうなっていくのか。
諸富先生の鳴らす警鐘を、ぜひぜひ鈴木氏も伝えてもらいたい。