著者:千野 帽子 出版社:角川書店 2009年8月刊 \1,785(税込) 230P
本をたくさん読む人ほど、読書傾向が偏ったりマンネリになっていませんか。そんな貴方に、読書の喜びをひろげる方法を教えましょう、という主題の本です。
自分は多読家だ、私は読書量が多い、と自覚している方にお勧めする本です。
文字をたくさん読むことに慣れている人を想定して、今日はいつもに増して長い紹介文を書かせていただきます。自分は読書量が少ないなぁ、とか、長い書評は勘弁してくれ、という方は、ここから先を読み飛ばしてください。
では、はじめます。
―― あれっ?
あなた、まだ読んでるんですか?
あなたのような人は、読まなくてもいいって言ったじゃないですか!!
な〜んて。
上から目線で人を見下す文章をちょっと書いてみました。
少しだけ著者の千野さんを真似しただけですので、悪しからず。
はじめにお断りしておきますが、千野さんの文章を読んでいると、なんとなく見下されているような気がして、思わずムッときます。
なにしろ、公開しているプロフィールからして気取っています。
パリ第4大学ソルボンヌ校に学び、博士課程修了。
2004年から休日のみ文筆業
なに〜。
フランスの名門ソルボンヌの、しかも博士課程を修了しているだと〜。
おまけに「休日のみ文筆業」なのに、何冊も本を出していて、連載もたくさんこなしている〜?
どうもロシア語で「Чинобошка」と書くらしく、日経ビジネスオンラインの連載では「チノボーシカ」とか、「ボーシータ」と名乗ったりもします。
フランス語だけでも格好つけているように感じるのに、ロシア語まで使っちゃうとは、どれだけスカしているのでしょう。
私がこの人の文章を目にしたのは、日経ビジネスオンラインの『毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド』という連載です。
私が不定期に書評を書かせてもらっている日経ビジネスオンラインの記事は、毎週水曜日に更新される「超ビジネス書レビュー」というコーナーです。
私の書評は月に一度も載らないのに、同じ水曜日更新の「毎日が日直」は一人で連載を担当しています。
うらやましいなぁー、と思いながら読みはじめました。
――なかなか『読まず嫌い。』の内容に入りませんが、もう少々お待ちください。
この「毎日が日直」の連載は、文学を通して仕事の意味を考えるという趣旨ではじまった連載なのですが、いつのまにか文学そのものが主題になってきています。
私の書いている「超ビジネス書レビュー」は、普通はビジネス書とはみなされない本を
「オン・ビジネスの視点から読み解き、仕事に役立つ知恵や技術や考え方を
ご紹介する週刊連載」
という姿勢を貫いているので、先日も担当編集者から
書評としては完成されていると思うものの、「超ビジネス書」の色彩がやや
薄いので、一工夫お願いできますでしょうか。
と修正を求められたほどです。
なのに、日経“ビジネス”オンライン上で、堂々と文学一辺倒の記事を連載してしまうチノボーシカ。ただものではありません。
しかも、この「毎日が日直」には、
共感するってそんなに大事?
ただ「わかる」だけなら、要領の問題だ。
など『読まず嫌い。』の内容と共通する部分もありますし(はっきり言うと、ダブッている個所もある(笑))、千野さんの本業の仕事ぶりをうかがわせる文章もありました。
せっかくですので、長い前置きの続きとして「毎日が日直」の内容も一部紹介させていただきます。
まず、千野さんの本業と文筆業の関係について。
公式プロフィールにもあるように、千野さんは文筆業とは別に何か本業をお持ちです。
なかなか忙しい職場らしく、「職場に一泊、その翌々日には日曜出勤でした」(連載No.17より)、「2週連続日曜出勤です」(連載No.18)等、勤務時間が長いようです。
作家としての活動については、
私のようなニッチなライターに小商いを許してくれるくらいに、
現在の商業主義は寛大でもあるのだ。(連載No.51)
と書いています。
謙遜しているようにも聞こえますが、休日だけの文筆業のはずが、金曜日の夜に九州日仏学館で開催されるトークショーにも出席したりしており、そろそろ作家専業になる準備を始めているのかもしれません。
(おおっ、このトークショー今夜じゃありませんか。くわしくは→こちら)
「黒井千次は、いったいいつ寝ていたのだろう」(連載No.22)とサラリーマン作家だった先輩のことを心配するのもいいですが、たくさんの連載をこなしている千野さんも寝る時間を確保したほうが良いと思いますよ。
読書量を誇るような記述はありませんが、当然のようにたくさん読んでいます。2000ページ近いディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』を1日で読了してしまう(連載No.32)ような“大食漢”ですので、よい子は真似しないほうがいいでしょう。
そんな千野さんは、読書を決して特別なものと捉えていません。
「私は33歳まで小説より漫画のほうを身近に感じていた」(連載No.35)とのことで、「本を読んで成長するのは、書かれている内容のおかげではない」と題した連載No.34では、
「読書で大事なのは結果ではない。読書は過程にしか存在しないのだ」
とまで断言しています。
自己啓発書を否定はしないものの、他の人と同じように「成功者の成功談」を読むよりも、「失敗者の失敗談」を読むことを勧め、
「人と同じであることをわざわざ確認しなければ安心できない、余裕のない
人たちは、この「充実した孤独」の極上の楽しさを、死ぬまで知らない」
(連載No.28)
なんて挑発する。
これじゃ、日経ビジネスオンラインのコメント欄に批判的な書き込みも増えるというものでしょう。
たとえば、とつぜん虫になってしまった主人公が登場するカフカの『変身』の読み方について。
難解といわれるこの小説をどう捉えたらいいのか戸惑ったとしても、ありがちな「現代人が置かれた状況の真実」などという解説に沿って読んでしまうのはもったいない、と千野さんは言います。
「読書というものが、そんな消化試合みたいな、答え合わせみたいなもの
だったら、苦行以外のなにものでもない」(連載No.40)
もちろん、小説の登場人物になりきって読む「感情移入派」もダメです。
オーストリアの小説家アーダルベルト・シュティフターの長篇小説『晩夏』(1857)なんていう、聞いたこともないような本を取り上げ、ボウシータは次のように言ってます。
「定職につかず、好き勝手に思索と研究に没頭する主人公。こんな高等
遊民っぷりを紹介するだけでもう、感情移入派の人は「感情移入できない!」
って投げ出すこと必至である。ははははは。ざまあ見ろ。」(連載No.33)
じゃ、どう読んだらいいんだよ!
―― お待たせしました。本書『読まず嫌い。』の内容に入りましょう。
「私は筋金入りの読まず嫌いだった」という宣言で本書は始まります。
13歳の夏に小説のおもしろさに目覚めたあとも、嫌いな分野だらけ。
まずミステリが嫌い。
結末部分で著者の用意した伏線の理由が明かされていく、ミステリファンなら最も楽しみに読む箇所が、「なんだか消化試合みたいで退屈した」。
SF小説もめんどくさく感じました。
「SFは小説よりアニメや映画や漫画のほうがいい、と思って読まなくなった」。
このほか、時代小説が嫌い。歴史小説が嫌い。あれも苦手、これもダメ。
そんな筋金入りの読まず嫌いだった著者が、さまざまな名作小説の“面白さ”に目覚め、名作と和解していった記録をまとめたのが本書です。
千野さんは、次のような構成で“名作との和解”体験を語ります。
- 名作―読んだことはないけど、気になる。
- 物語―度の強い「嘘つきメガネ」。
- 学校―麗しく理不尽な学園小説。
- 恋愛―ロマンスは読むものか、するものか。
- 犯罪―『モルグ街の殺人』はほんとうに元祖ミステリなのか?
- 恐怖―ホラーを論じて「心」の問題に及ぶ。
- 歴史―世界がお前をこづき回すなら。
- ふたたび物語―読まれることで、世界は変わる。
- 文学全集―意味の接着剤。
- 文庫本―身の丈一〇五ミリの、青春のお供。
- 好き嫌い―「わかる」と「おもしろい」
- 読書―あるいは独房を出て外の暗闇を歩くこと。
名作との和解というのに、それぞれ、「えっ、こんな聞いたこともないような本読んでるの?」とびっくりするようなマイナー本ばかり登場しますが、千野さんが見事なのは、それぞれどんなふうに面白いのかを分りやすく丁寧に解説してくれるところです。
ただし、「分りやすい」といっても、千野さんがどんなふうに面白がっているかよく分るだけで、「千野流おもしろがり法」が本当に面白いかどうかはよく分りません。
なにしろ千野さんは、恋愛小説を読んでも、「恋愛」のほうではなく「小説」のほうに興味を持ってしまうタイプです。
かといって読書至上主義ではなく、読書なんかしても、いいことばかりではないという自覚があり、
「夢中になると、ほかのことが手につかなくなる。読めば読むほど、私の
ような碌でもない役立たずになってしまうかもしれない。なにが碌でも
ないと言って、自分の碌でもなさをすべて本のせいにしてしまっている
のが碌でもない」
と本の悪影響を強調しているのです。
千野さんがどんな本をどんなふうに面白がっているのか、「じゃ、どう読んだらいいんだよ!」の答えは何なのかは、ここでは明かしません。
多読家のあなたであればこそ、実際にこの本を手にとって読んでもらいたいからです。
ひとつだけ、本書の結論「読書にはサイクルが必要だ」「そういうときこそ名作に帰ろう」の論拠を引用させていただます。
「いまの自分が気持ちのいいものだけを読んでいると、パターンに慣れてきて、
気持ちのいいものが減っていく、ということに、この体験で気づいた。いま
の自分が気持ちのいいものだけでは、やがてその楽しみも先細ってしまうけ
れど、視線を別方向に転じれば、読むべき文学作品はまだまだあるのだ」
きっと、あなたの読書が変わります。
以下、本書の周辺ネタを書きます。
私も愛読しているブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」の10月9日号(→記事はこちら)で本書を取り上げていました。
著者に共感しながらも、本の値段の考察に間違いがある、と指摘したところ、著者本人からトラックバックされ、
トラックバックで頂いたご指摘の通りです。
そして、よく知りもせず「オススメ」してしまってごめんなさい
とお詫びしていました。(→記事はこちら)
この「スゴ本」ブログ発行人の Dain さんは、他の人が読まないようなレア本を探訪している方で、やはり少し上から目線を感じる(ゴメンナサイ)ブロガーです。
そんな Dain さんに、「千野帽子さんはプロフェッショナルであることを忘れていました」と言わしめる千野さんは、ホントにスゴイ人みたいですよ。
あっ、千野さん。
今日の私の紹介文に間違いがあったら、どうぞ、お手柔らかに(笑)。