雨の降る日曜は幸福について考えよう


著者:橘 玲  出版社:幻冬舎  2004年9月刊  \1,680(税込)  239P


雨の降る日曜は幸福について考えよう Think Happy Thoughts on Rainy Sundays    購入する際は、こちらから


売れ行きのよかった単行本を文庫にする際、題名を変えることがあります。


文庫の担当者が題名を変えるとき、やはり文庫も売れて欲しい、と考えるのでしょう。内容にふさわしいという観点ではなく、タイトルだけで買ってくれそうなインパクトのある書名をつけることが多い。――と私は思います。


単行本を読んでいるのに危うく文庫本も買いそうになった。別の本と勘違いしそうになった、という経験が私にもあります。


たとえば、2006年6月発刊の久恒啓一著『通勤電車で寝てはいけない!』が『通勤時間「超」活用術』という題名で2008年2月に文庫本になったとき。


もうひとつ、2005年9月発刊の残間里江子著『それでいいのか蕎麦打ち男』が『引退モードの再生学』という題名で2009年3月に文庫本になったとき。


書店で立ち読みした私は、「あっ、この本読んだことがある」と気づきましたが、オンライン書店で買おうとした人の中には、もしかすると、単行本も文庫本も買ってしまった人がいるかもしれません。


前に読んだのと違う本と勘違いさせるだけでなく、やはり売れ筋のジャンルに並べてほしい。
「活用術」や「再生学」を付けて改題するところをみると、やはりノウハウ本、勉強本はよく売れるのでしょうねぇ。


実は、今日の一冊も同じです。


2004年9月に出版した『雨の降る日曜は幸福について考えよう』が、この10月に『知的幸福の技術』という題名で幻冬舎文庫から出ています。


往年のベストセラー『知的生産の方法』を連想させ、しかも「幸福」を手にする簡単なノウハウがあるような気にさせる。


そんな意図で新しい題名が決められたのでしょう。


私も読みたいと思ったのですが、まだ幻冬舎さんから献本いただいたことがありません。
近くの書店で買おうかとも思ったのですが、図書館検索したら原著の単行本の方がすぐに見つかったので、さっそく図書館で借りて読みました。(幻冬舎さん、ゴメンナサイ)


読みおわって思ったのは、単行本の題名のほうが内容に合っている、ということ。


幸福とはなんでしょう。
外に出るのも億劫になるような雨の日曜に、じっくりと考えてみませんか。
私はこう思いますが、あなたはどう思いますか。


本書は、著者の問いかけに読者が考えこんでしまう種類の本です。


幸福になる方法を安易に教えてくれると思ったら大間違い。
幸福の「技術」を本書に期待させるのは、羊頭狗肉というものでしょう。


著者の橘玲(たちばなあきら)氏は、1959年生まれの作家です。


小説も書きますが、2002年に出版した『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』がベストセラーになるなど、投資や資産運用に関する著作も多く出版しています。


昨年1月に紹介した『悪玖夢博士の経済入門』は、青木ゆうじの『ナニワ金融道』のえげつなさと藤子不二雄Aの『笑ゥせぇるすまん』のブラックユーモアを足して2で割ったような、少し背筋がゾクッとする小説でした。


「これは面白い!」と次に読みはじめた『マネーロンダリング』でも、法の目をかいくぐることを生業にしている心の渇いた男が主人公でした。息をつかせぬ面白さ……のはずなのに、私はアウトローの世界について行けず、読むのをやめてしまったものです。


どうも、橘氏は、お金にまつわる修羅場をいくつも経験しているらしい。――そう感じました。


私の推測は当っていました。
橘氏は本書の冒頭で、修羅場の一端を明かしています。


20代前半で妻子をかかえ、破綻寸前の中小企業に安月給で働きながら、強烈な不安を感じていたこと。


クリエイターとして知られた友人が、挫折のあと40歳で首をくくったこと。


人生をリセットしたいとオーストラリアへ長期旅行に出た友人が、帰国後も生活がすさみ、家庭も崩壊した挙げ句、今度はインドへ放浪の旅に出たこと。


世界中の不正義と心の中で闘っていた青年がカルト教団の信徒となり、その教団が“救済”の名の下に多くの命を奪ったあと、失意のうちに田舎に帰ったこと。


修羅場の一端を明かしたあとで、橘氏は、次のようにつぶやきます。

  理不尽な世界で、私たちは目の前にある問題を、一つ一つ解決していく
  しかない。


著者の乾いた諦観は、本書の通奏低音となってあちこちに顔を覗かせます。あるときはシニカルなもの言いで、またあるときは身も蓋もない言い方で真実をあばいていきます。


いくつか、橘氏の警句を引用します。

  • 保険は損することに意味のある宝くじ
  • 政府は年金問題をいつまでも解決しないことで国民を疑心暗鬼に陥れ、不安産業の業者に多大な収益機会を提供している。
  • 教育は投資であり、消費であり、親の自己実現であり、子供の安全保障でもある。
  • 人間は平等だという美しい虚構を信じることで近代社会は成立している。
  • 豊かな社会では「自分探し」の旅が流行するが、たいていの場合、探すべき自分は最初から存在しない。


いかがでしょう。


山本周五郎賞候補作を書くぐらいですから、人の心を深掘りすることはお手のものなのでしょう。


世をはかなんでいるように見えて、世捨人ではない。
絶妙のバランスで生きていけるのは、一種の奇跡かもしれません。


私のように覚悟の足りない人間は、あまり近寄らないようにしようと思いました。


少々の修羅場に同じない人は、ためしにお手に取ってみてください。


5年前に出版した本書は、もうアマゾンでも紀伊国屋BookWebでも、八重洲ブックセンターネットショップでも手に入りません。


知的幸福の技術―自由な人生のための40の物語 (幻冬舎文庫)    文庫版を購入する際は、こちらから