往復書簡


著者:湊 かなえ  出版社:幻冬舎文庫  2012年8月刊  \630(税込)  325P


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湊かなえ氏は東野圭吾氏と並ぶミステリー界の売れっ子で、文庫になる前の原著は2011年2月に刊行されているので、お読みになった方も多いと思う。


売れっ子作家の本は、プロ・アマ問わず多くの人が論評しており、発売後1年10ヵ月後に遅れて書評しようとすると、ついつい気負ってしまう。
同じ著者の本を何冊か読みこんで他の作品と比較してみたり、類書と比べてすぐれた点を強調してみたり、何か新しい“湊かなえ論”を書くくらいの覚悟をしなければならない。


――が、僕は余計な力を入れずに紹介することにした(笑)。


はじめて湊かなえの作品を読んだ一人として、ネタばれしない範囲でふつうに内容を紹介させていただくことにする。

本書には、題名が示すとおり往復書簡でつづられた3つの短編が収められている。


メールがあたりまえの時代なので、よほど特殊な事情がなければ、現代人は「手紙を出す」という行為を行わない。
3つの物語は、それぞれ、その「特殊な事情」で取り交わされた手紙を通じて、それぞれ学生時代の“ある事件”についての記憶を交換しはじめる。


長いあいだ、その事件はタブーになっていて、誰もその話をしてこなかった。それが、往復書簡のなかで、あらためて“事件”について語るうち、封印されていた事実が少しずつ明らかになってくる。


隠された真実につきあたったとき、手紙を交わしていた二人の運命も変わる。
主人公たちは、どんな結末を受け入れていくのか……。



う〜ん。
ネタばれしないようにミステリーを紹介すると、面白さが伝わらないな〜。


じゃ、代わりに映画の力を借りよう。


本書2編目の『二十年後の宿題』は、吉永小百合主演で現在公開中の映画「北のカナリアたち」の原案である。


北のカナリアたち」の公式ウェブページに載っているあらすじによると、主人公の小学校教師(吉永小百合)が離島に赴任するところから物語ははじまる。


彼女は、合唱を通して受け持った6人の生徒たちの心に灯をともす小学校教師だったが、ある夏の日、生徒たちと出かけたバーベキューの最中に、悲しい事故が起こる。
子どもたちの心に深い傷を残したまま、小学校教師は追われるように島を出たものの、6人の生徒たちのことが心残りだった。


20年後、東京で暮らしていた彼女は、生徒のひとりが事件を起こしたことを知る。
事件の真相をたしかめようと離島に向かった彼女は、6人の生徒たちをたずねあるく。


20年前の事件が、今も心に残っている生徒たちに、彼女は心に閉じ込めていた想いを明かす。


明らかになる真実が止まっていた時間を氷解し、物語は感動のクライマックスへ動き出す。


――以上が、「北のカナリアたち」のあらすじである。


本書2編めの『二十年後の宿題』は、内容がかなり違っている。


小説は「原作」ではなく「原案」なのだから、細かいところは違っていて当たり前なのかもしれないが、何より違っているのは、主人公の女性教師が自分でかつての教え子に会いにいくことだ。


やはり映画なのだから、絵になる映像が必要なのだろう。


逆に、主人公の代わりに6人に会いにいく青年がいるから、主人公と青年の往復書簡の小説が成り立っている。


“ある事件”の真実を明らかにしていく、という同じテーマが、表現形式によってストーリーも変わってしまう。
それが、「原作」ではなく「原案」の理由である。


本書の巻末に「文庫化によせて」という吉永小百合へのインタビューが収められている。


このインタビューによると、本年1月に湊かなえ氏は北海道・礼文島のロケ現場を訪問したそうだ。
湊かなえ氏は、黒いダウンコートが雪で真っ白になってしまうまで、厳寒のなかでの撮影を見つづけた、とのこと。


吉永小百合と話したとき、湊かなえ氏は
「私ももっと、もっと、言葉を推敲し、吟味して作品を作っていきます」
と語っていた由。


最後に、吉永小百合が語る湊作品の魅力を引用させていただく。

『往復書簡』に収録されている三篇は、一見して、自分と関係のない世界のようなんです。でも、どの作品も、「あなたならどうする?」「あなたなら、過去を乗り越えて、どういう生き方をしますか?」という問いかけがされていて、自分に置き換えて考えられますし、心に深く残ります。