「決め方」の経済学


副題:「みんなの意見のまとめ方」を科学する
著者:坂井 豊貴  出版社:ダイヤモンド社  2016年6月刊  \1,728(税込)  222P


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みんなの意見を正しくまとめるにはどうしたら良いか? という疑問を科学的に解きあかす内容である。


7月はじめに読みおわって、これは面白い! と思ったのだが、参議院選挙と都知事選挙の直前だったので、選挙に関する話題をブログに載せないことにした。


2つの選挙も終わり、ぼくのブログが選挙結果に影響を与えてしまう心配もなくなったので(笑)、今日はこの刺激的な本を取りあげる。


著者の坂井氏が指摘している問題点は、大きく2つある。


ひとつは「選挙の結果は民意を正しく反映しているのだろうか?」ということ。
もうひとつは「民意を正しく反映したとしても、結論は正しいのだろうか?」ということ。


民主主義というのは「人々の意思を集約して政治に活かす制度」のはずである。
しかし、現実に多く用いられている「多数決」では、「民意を正しく反映」することができない、と坂井氏は言う。


民意を正しく反映することに失敗した例は、2000年のアメリカ大統領選挙だ。
この大統領選は民主党のゴアと共和党のブッシュの争いで、当初の見込みではゴアが有利だった。


ところが、途中から第三の候補して緑の党ラルフ・ネーダーが参戦してきた。ネーダーは勝つ見込みがなかったが、ゴアの支持層とネーダーの支持層がかぶったことによって票割れが起こった。
その結果、最終的にゴアは票を減らしてブッシュが逆転勝利した。


「多数決」とはいうものの、もし1対1の対決だったらゴアが勝利していたはずの選挙は、多数意見を反映しない結果となってしまったのだ。


このように、多数決は欠陥のある決め方なのだ。


著者の提案するのは、もっと民意を正しく反映する選び方。
一番単純なのは、多数決に決選投票を付けること。最初の多数決で50パーセントを超える票が集まらなかったら1位と2位で決選投票を行う、という方式。


もし2000年のアメリカ大統領選挙に決選投票が付いていたらゴアが勝利していたはずで、そうすればアフガニスタン侵攻もイラク侵攻も行わなかった可能性が高く、イスラム国は誕生しなかったかもしれない。


坂井氏は次のように言っている。

 歴史に「もし」はなくとも、「ありえたはずの現在」として反実仮想を考えるのは、今ある現在をよりよく理解するうえで、また未来への選択を考えるうえで有用なことだ。
 もしゴアが大統領ならイラク侵攻は起こらず、ISをめぐる混乱の数々は起こらなかっただろう。それはネーダーが立候補しなければ、ありえたはずの現在なのだ。


だからといってネーダーが悪いわけでも、票割れを起こした有権者でもない。悪いのは民意を正しく反映できない「多数決」のほうなのだ。


本書では、欠陥のある「多数決」の代わりに、さまざまな「決め方」を挙げて、どれだけ有効かを議論している。


多数決に決選投票を付けることは単純で、しかも有効な対策だが、より本格的なのは「1位に3点、2位に2点、3位に1点」という配点を付けて、総合点で順位を決める「ボルダルール」という決め方だ。


どうしてボルダルールが優れているかは読んでのお楽しみとさせていただくが、本書にはこのほか、

  • スコアリングルール
  • 総当たり戦
  • ペア勝者、ペア敗者、最尤法(さいゆうほう)
  • ナーミの反例
  • ダウダールルール
  • 是認投票
  • マジョリティージャッジメント

など、専門用語を交えながら、どうすればみんなの意見を正しくまとめることができるかを考えている。



いろいろ工夫して「民意を正しく反映」できたとして、もうひとつ考えなければならないのは、「その結論は正しいのだろうか?」ということだ。


坂井氏が示した架空の例は、マンションのエレベータ改修費用の分担のしかたである。


ある5階建てマンションでエレベーターの改修が必要になったとき、1階の住民が「ふだん使わないから払いたくない」と費用分担をしてくれない。怒った5階の住民が「1階の住民が全額負担する」という案を提案したところ、2階から5階のすべての住民が賛成して可決してしまった、……という例。


80%の高い得票率で支持を得た負担案だが、多くの人が支持しているからといって、それでいいのだろうか?
エレベーターの改修費用なら、「シャプレー値」という方式や他の計算方式を使って妥協点を探ることもできることが本書に示されているが、もっと深刻なのは人権にかかわる問題だ。


たとえば、19世紀後半までアメリカには奴隷制度があった。
奴隷制度をやめるよう提案する人もいたが、有権者の大多数が選挙権のない人々(奴隷にされている黒人)を差別することを支持したから、なかなか奴隷制度はなくならなかった。
リンカーンが大統領に当選してやっと奴隷解放宣言が発せられたのだが、1860年の大統領選挙でリンカーンが当選したのは、実は奴隷制支持派に票割れが起きたおかげだったという。


坂井氏は書いていなかったが、日本でも在日外国人に選挙権を与えるかどうか議論されている。
民主主義の名のもとに多数派が少数派を差別することが現実に続いているのは、アメリカの奴隷制度と同じ構図の人権問題に見える。



このほか、ところどころで日本の選挙結果の例も引き合いに出され、小選挙区制度と多数決の問題点にも言及しているが、この本は目の前の選挙制度よりももっと大きな「決め方」を議論しているので、あまり深くは踏み込んでいない。


しばらく選挙がないこの時期に、多数決と民主主義についてじっくり考えてみてはどうだろう。