中国化する日本


副題:日中「文明の衝突」一千年史
著者:與那覇 潤  出版社:文藝春秋  2011年11月刊  \1,575(税込)  319P


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『驕れる白人と闘うための日本近代史』という過激な題名の本を読んだことがある。
東洋を一方的に見下す西洋の歴史観に「待った!」をかける内容だった。

明治の欧化政策で日本は脅威的な発展を遂げたが、だからといって江戸時代を暗黒時代のように言うのは間違っている。江戸時代の日本というのは決して捨てたものではない、という著者の主張
は新鮮に聞こえた。
「こういう歴史の見方もあるんだ」と感心したことを覚えている。
2006年のブログ 参照)


今日の一冊も刺激的な題名で、聞いたことのない歴史観を教えてくれる。



ただし、『驕れる白人と……』と逆に、江戸時代を否定的にとらえたり、日本の現状に厳しい目を向けたりしている。
「日本バンザイ!」ではないのだ。


タイトルに「中国」が入っていて、しかも日本を高く評価しない歴史書
なると、すぐに、
  「あぁ〜、著者は中国が大っきらいで、日本は中国に飲みこまれるって
   騒いでるんでしょ」
とか、
  「あぁ〜、著者は日本人と日本の歴史を卑下する『自虐史観』論者
   なんでしょ」
という決めつけが聞こえてきそうだが、そうではない。


研究者として日本史に携わっている著者としては、必要以上に中国を嫌ったり、日本を礼賛する極端な歴史観は、歪んだものに見える。


著者の與那覇氏が本書を書いた目的のひとつは、歴史観の「偏り」を正すことだ。


もうひとつの目的は、専門家のあいだではもう常識になっているのに、一般の歴史ファンにあまり知られていない新しい歴史像を、なるべく分かりやすく読んでもらうことだ。


専門家には常識で、ただの歴史ファンが知らないことというのは、たとえば「近代」という概念だ。


高校の世界史では、「近代」はヨーロッパではじまった、と教わる。
日本が「近代」に入ったのは明治からで、その前の江戸時代は「近世」と呼ばれているのだが、最近まで「近世」というのは日本史にしか存在せず、西洋史では「古代・中世・近代」しかなかった。
しかし、現在の歴史学では、世界史にも「近世」が存在していたという考え方が有力になり、「近世」時代を Early Modern 、つまり近代の前半期として捉えるようになったという。(当然、いままで「近代」と呼んでいた時代は、近世の後半期となる)


では、ここで問題。


世界で最初に「近世」を迎えた地域はどこか?


正解は、宋朝の中国、と與那覇氏は言っている。


「宋」という王朝は、日本ではあまり知られていない。
そういえば、平清盛が「宋」と交易したと日本史で習ったような……、という人が多いと思う。


著者によれば、宋朝というのは、それまでの中国社会をガラッと変えるシステムを導入した、実に画期的な王朝とのこと。
しかも、その宋朝で導入した社会のしくみが、中国はもちろん、全世界で現在まで続いているというのだ。


だから「近代はヨーロッパではじまった」というのは間違いで、正しくは宋朝ではじまった「近世」がヨーロッパに伝わっていき、ヨーロッパが模倣したのが後期「近世」=いままで近代と呼んでいた時代、ということになる。


では、宋王朝のどこが画期的だったかというと、それまで貴族や軍閥によって脅かされて不安定だった国家権力を安定させるため、持続可能な集権体制を採用したことだ。


具体的には、科挙という官僚採用制度がはじまり、「宋」の前の「唐」時代まで残っていた貴族の世襲政治が完全に廃止された。
採用後の官僚は、親のカオのきく出身地には赴任させず、数年ごとに次の任地へ異動する「郡県制」に組み込むので、地方で力を蓄えて皇帝に反逆する有力者に育つ心配がなくなる。
政治が中央集権されて一極支配された代わりに経済活動の自由が社会に広がる。貨幣の流通に伴って、移動の自由・営業の自由・職業選択の自由などが実現したのである。


宋朝が画期的なシステムをスタートさせたとき、それまで中国文化をどんどん取り入れてきた日本政府(朝廷)だったが、科挙を実施する文化的基盤が育っておらず、この新しい方式は導入されなかった。
むしろ、それまでの封建制、身分制の維持・強化につとめた結果、世界の潮流と隔絶してはいるものの、江戸時代が終わるまで、それなりに安定した社会が築かれていった。


明治になって西欧化を進めた日本は、知らず知らず、西欧文明に取り入れられていた中国文化も同時に取り入れることになる。


その後、「江戸化」への揺りもどしと「中国化」の促進を行ったりきたりしてきた日本だったが、ここにてき、いよいよ本格的に中国化する時がやってきた。それは……。


あとは、本書をお読みいただきたい。


著者が教えてくれる、
  「世界で最も進んだシステムを宋王朝が構築していた」
という史観が珍しく、他にもいままでと逆の観点からの見た景色を見て、「こういう歴史の見方があるんだ」と、またも感嘆してしまった。


ただし、「日本バンザイ!」史観ではないので、與那覇氏が解き明かして
くれる日本の現状と未来は、決して明るくない。

私たちが進歩しているという考え方は、端的にいって間違っていました。そして進歩すれば「正しい答え」が自ずと発見されて、なにひとつ悩む必要のない理想的な暮らしが実現するという想定は、徹底的に誤っていました。

と著者本人が言っているくらいだ。


だが、間違っても「自虐史観」ではない、と僕は思う。


冷静に日本の過去と将来を見つめるため、一読することをお勧めする。