副題:権力・繁栄・貧困の起源
著者:ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン 鬼澤忍/訳
出版社:早川書房 2013年6月刊 上・下巻とも\2,592(税込) 360P,358P
裕福な国と貧しい国で、収入と生活水準に格差があるのはなぜか。どうしてこんなに差が開いてしまったのか、を解きあかすのが本書のテーマである。
国がちがえば経済がちがい、生活が天と地ほどちがってしまう実例として、第1章でアメリカとメキシコの国境の街ノガレスのようすが紹介されている。
およそ150年前までメキシコの一部だったノガレスは、1853年に街の半分がアメリカ合衆国に所属することになった。
現在、フェンスの北側の世帯年収平均は約3万ドルで、10代の若者はほとんど学校に行っており、市民は健康で平均寿命も長い。電気、電話、下水道、公衆衛生、道路網を持ち、何より法と秩序がある。
一方で、フェンスの南側の平均収入は北の3分の1。10代の若者の多くは学校に通っておらず、乳児死亡率が高く平均寿命も短い。道路がひどく荒れ、法と秩序は乱れていて犯罪率も高い。上巻の巻頭写真を見ると、砂利道と木造の小屋が並んでいる。
差が分かりやすいアメリカとメキシコから目を転じてみると、世界の中で豊かな国に属するのは西欧諸国、カナダ、アメリカ、オーストラリア、日本、韓国、シンガポールなど。
最近は、台湾、中国、東アジア諸国が急速な成長を遂げている。
最も貧しい地域にはサハラ以南のアフリカ、アフガニスタン、ハイチ、ネパールなどが挙げられる。
これらの国が裕福だったり、貧しかったりするのはなぜだろうか?
この大きなテーマを探求する前に、著者の2人はまず間違った理由づけを論破する。
代表的な3つの理論、
地理説(地理的な違いが経済格差を生んだ)、
文化説(魔法や呪術を信じていることや、「いつかそのうちに」文化が貧困の原因)、
無知節(指導者が正しい経済理論を知らなかったので政策を間違った)、
はいずれも間違っているとし、反証をあげて第2章をまるごと使って「誤り」と断定した。
では、裕福な国と貧しい国が存在する正しい理由はなぜなのか。
第3章で著者が示したのは、
包括的な政治制度、包括的な経済制度を持つ国が豊かになっていく。
逆に収奪的な政治制度、収奪的な経済制度を持つ国は豊かになれない。
という大原則だ。
しかし、これでは答えになっていない。
「包括的な政治制度」や「収奪的な政治制度」がはっきり定義されていないからだ。
豊かになることに成功した国の政治を「包括的な政治制度」と名づけ、豊かになれない国の政治を「収奪的な政治制度」と命名しただけじゃないか!と突っこみたくなってくる。
ここから著者は、第15章までの長大なページを使い、「包括的な政治制度」とはどんな政治なのか、どのように定義され、どのような特長を持ち、どのような歴史的実例を持っているのかを示し、「収奪的な政治制度」についても様々な実例を示しながら定義していく。
最後までお付きあいできた読者には、著者の言いたいことが理解でき、「ああ、そうなのか」とヒザをたたくように書かれている。(ホントにヒザをたたく人はいないと思うけど)
内容の要約だけ読んで分かった気になっても仕方ない種類の本だが、ここまでの紹介だけでは不親切なので、もう少し解説を続ける。
著者が「包括的」、「収奪的」を最初に定義したのは、次のような表現である。
「十分に中央集権化された多元的な政治制度を包括的な政治制度と呼ぶことにしよう。そして、これらの条件がそろわなければ、収奪的な政治制度と呼ぶことにしよう」
部族どうしが抗争しているようでは「包括的」とはいえず、権力が集中していることが経済的繁栄の前提、と言っている。
そのうえで、皇帝や専制君主や独裁者など、一部の人間が政治や経済を牛耳っていると経済は発展せず、広く人々に政治権力が開放されていることが望ましい。
包括的政治により早く近づいた例として、著者はイングランドの名誉革命を挙げる。
権利の章典によって国王の権利が制限され、議会政治の基礎が築かれたのは「多元的な政治制度」と言える。
対照的に、同時期のスペインでは絶対主義が勝利したために、「収奪的」な方向に向かっていく。
しっかりとした財産権を確立せず、王室が貿易を独占し、公職や徴税権や訴追免除の権利までも販売した。
イングランドで新たな事業家が育っているというのに、スペインでは王室を支える一部の人間に富が集中していく。
スペインの17世紀初めの都市部集中率は20%だったが、17世紀末には10%に減ってしまい、スペイン国民はどんどん貧しくなっていった。
アメリカ大陸の発見、産業革命によってイングランド経済が発展していくなかスペインの経済は停滞したままで、差は開く一方だった。
一方で、収奪的な政治・経済制度であっても、一時的に経済成長が見られることもある。
政治を握っている一部のエリートが、搾取するものを増やすためにできるだけ成長を促進し、成功することもある、というのだ。
かつてのソビエト連邦はアメリカを追い抜く勢いに見えたし、現在の中国も成長著しい。
しかし、著者によると収奪的制度では成長しつづけることができない。
理由の一つは、イノベーションが起きにくいこと。
イノベーションは創造的破壊をまねき、創造的破壊が新旧交代を引き起こすことによって政界の力関係を不安的にする。収奪的制度を支配する既存のエリートたちは創造的破壊を恐れ、イノベーションを抑えようとするのだ。
二つ目の理由は、収奪的制度の支配者に転がりこむ莫大な利益を得ようとして、多くの集団や個人が闘うことだ。
あらゆる手段で政敵を倒そうとする人々が闘うことで、収奪的制度の社会は政治的に不安定になっていく。
最後の章で、著者は今後の世界経済の動きを予測して、次のように言っている。
合衆国と西欧は包括的な政治・経済制度に基づいているため、五〇年後、いや一〇〇年後ですらアフリカのサハラ以南、中東、中央アメリカ、東南アジアよりも豊かで、おそらくかなり裕福であることにはほとんど疑問の余地がない。(中略)
向こう数十年のあいだに、おそらく収奪的制度下にもかかわらず成長しそうな国は、(中略)アフリカのサハラ以南では、ブルンジ、エチオピア、ルワンダ、(中略)タンザニア(中略)ラテンアメリカでは、ブラジル、チリ、メキシコなど。(中略)
私たちの理論は、中国に見られるような収奪的政治制度下の成長は持続的成長をもたらさず、いずれ活力を失うことも示唆している。
以上が本書のおおまかな内容である。
ちょっと長く感じるかもしれないが、政治と経済のなり立ちを理解するために、一読することをお勧めする。