著者:森沢 明夫 出版社:幻冬舎 2014年8月刊 \1,620(税込) 387P
肝っ玉ねえさんが主人公の、心がほっこりする小説である。
プロローグは、背の高い男が階段をあがるシーンからはじまる。
手にミリタリー・ナイフを握っている。
足音をしのばせて2階の寝室に入ると、男はベッドで寝ていた女の上に馬乗りになり、ナイフを肩まで持ちあげた。
「俺は、あんたを、殺す――」
ナイフを振りおろした男の手に、ずぶっ、と、経験したことのない手応えが伝わってきた――。
場面は一転し、昭和の雰囲気がただよう喫茶店の店内。
パッと見はふつうの喫茶店。
しかし、このお店、他の店にはない特徴が2つある。
ひとつは、出入り口のレジの横にデーンと神棚が祀られていて、その前に、ミカン箱をふたつ合わせたくらいの大きさの賽銭箱が、これ見よがしに置かれていること。
もうひとつの特徴は、店の奥にオーナー専用のロッキングチェアが置かれていて、店主の有村霧子(ありむらきりこ)が、椅子を揺らしながらくつろいでいることだ。
霧子は、店内に客がいてもいなくても、マンガを読んだり、マニキュアを塗ったり、ときにはビールを飲みながらまったりとしている。
喫茶店のオーナーなのに、霧子はコーヒーも紅茶もじょうずにいれられない。狂言回しの「わたし」が代りに店長をつとめているので、霧子は安心してぐうたらな生活を送っている。
これだけでも不思議な空間だ。しかし、この店が変わっているのは、なんといっても「癒し屋」という営業形態だ。
心に傷を負ったお客さんたちに救いの手をさしのべる裏家業を営んでいるのだ。
営んでいる、といっても正式な営業ではないし、報酬は受けとらない。
「癒し屋」の評判を聞きつけて来店したお客さんに、神棚の前の席で神様に聞こえるように弱音を吐いてもらう。
それをたまたま聞いてしまった霧子やアシスタント(店の常連客)がおせっかいを焼いているうちに解決してしまう。
感謝してお礼をしたくなったお客さんには、たっぷり賽銭を奉納してもらう、という回りくどい仕組みになっている。
第一章に登場するのは、嫁と姑の問題に悩む50少し前の専業主婦。
もともと姑とソリが合わなかったのが、一年前に夫を失くしてから急速に険悪になり、もうがまんできなくなった、とのこと。
はじめは気乗りしないようすで聞いていた霧子だったが、依頼人がどうやらお金持ちらしいとわかった途端、急に熱心に相づちをうちはじめた。
目には「¥」マークが浮かんでいる。
悩みを解決するために、たっぷりお賽銭を奉納することをつよく勧め、お賽銭を見とどけたあと、さっそくアシスタントを派遣して姑と話し合わせることにした。
しかし、他人から「嫁と仲良くしてほしい」と言われて、「はい、分かりました」と答える姑なら、とっくに二人は仲なおりしている。
かえって姑を怒らせてしまった。
どうしてくれる! と詰めよる依頼人に霧子は、
「ぜ〜んぶ計算どおりなんだから」
と答え、平然としている。
準備がととのったので明日、嫁と姑の全面戦争に突入する、と宣言した。
翌日、依頼人の家に乗りこんだ霧子が、嫁と姑の罵りあいのレフリーを務め、缶ビール片手に酔っぱらいながら二人を仲なおりさせてしまうのだが、なぜかスカッとする修羅場のようすは、読んだときのお楽しみとさせていただく。
ぐうたらなくせに、どんな時も動じない霧子は、“肝っ玉ねえさん”と呼びたくなるほど頼もしい。
こうして1章にひとつずつ事件が解決していく。
そして、毎回、めでたしめでたし、とホッとしているところへ、「東京太郎」という差出人から血みどろのテディベアや「オマエヲノロッテイル」などという脅迫状がとどく。
誰かが霧子に復讐しようとしている……、という通奏低音が少しずつ不気味さを増していき、いよいよ第7章で伏線がはじける。
どんな事件が起こるかネタばらしはしないが、ハッピーエンドであることはお伝えしておこう。
読みおわったあと、ぐうたらな霧子が大好きになっているはず。
こういう安心して読める本もいいなぁ〜。