だから、僕は学校へ行く!


著者:乙武 洋匡  出版社:講談社  2007年4月刊  \1,200(税込)  215P


だから、僕は学校へ行く!    購入する際は、こちらから



五体不満足』で一躍有名になり、大学卒業後にスポーツライターとして活躍してきた乙武さんは、今年の4月から小学校の先生となり、杉並区立杉並第四小学校に赴任しています。
本書は、乙武さんが教員になることを決意するまでの、主にこの2年間に出会ったこと、考えたことを示し、教育の現場にどっぷり浸かることを宣言する一書です。


五体不満足』がベストセラーになってマスコミに引っ張りだこになった後、乙武さんは「障害者福祉」や「バリアフリー」というイメージとは別の世界に行きたいと考えました。
スポーツライターの職につき、一流のアスリートと出会い、話を聞き、記事にまとめていきます。刺激的な毎日は、充実していました。


しかし、一度マスコミで定着した「障害者代表」のイメージは強く、いろんな人から「勇気をありがとう」と感謝されたりします。腰の曲がったおばあちゃんに、ありがたそうに拝まれたこともありました。
自分は何もしていないのに……。
むしろ無力感を覚えた乙武さんは、何か社会に貢献できるようなライフワークを真剣に考えるようになります。
そんなとき、マスコミをにぎわす凶悪な少年犯罪が発生し、乙武さんは考えこんでしまいました。
生まれた時から「犯罪者になってやろう」なんていう子どもはいない。なのに、育った環境や出会った人々の影響で道をふみ外してしまう子もいる。子どもたちをうまく軌道修正してあげるのが、親や教師や地域の大人の責任なのではないか。


ふり返ってみれば、自分は障害者として生まれ、卑屈になっても不思議はなかったのに、両親や学校の先生に恵まれ、障害を“障害”にしない人生を歩むことができた。
自分は恵まれていた。
だから、今度は僕が社会に、子どもにお返しをする番なのではないか。


――こうして、乙武さんの新たな挑戦が始まりました。


2005年4月、乙武さんは「新宿区子どもの生き方パートナー」という役職の任命を受け、区内の小中学校に実際に足を運び、気づいたことや改善すべきと思ったことを提言する活動をはじめました。
教室という現場で一生懸命に子どもたちと向かいあっている先生に出会い、子どもたちが成長していく喜びや、さまざまな問題を感じ、新宿区内外に発信していきます。


「新宿区子どもの生き方パートナー」の仕事で区内の学校をまわる中で、乙武さんは、様々な問題に直面しました。


  登校する子どもたち全員が防犯ブザーを持たされているという事実、
  自分が小学校の頃に受けた愛のムチをも否定する体罰絶対禁止主義、
  セクハラ防止に敏感になるあまり、子どもをだきしめてやれない教師、
  学力の低下やゆとり教育に対する見解の違い、
  親の収入で決まる学力格差と学歴格差、
  外国人労働者の子弟が多く集まる学校の言葉の壁を越える試み、
  いじめを恐れて目立ちたがらない子どもたち、
  不登校を認めるか認めないかの見解の相違、
  認める人の中でも学校復帰を目指すか・目指さないかの見解の相違、……。


中でも、乙武さんがいままで意識的に発言を避けてきた「障害児教育」の問題。特に、障害を持たない児童と障害を持つ児童を「分離」するか「統合」するかという問題は、一筋縄ではいかない、複雑な問題です。


あるとき、『ナイフ』や『エイジ』など、教育問題を扱った多くの作品を持つ作家の重松清氏から「いずれ壁にぶつかる」との忠告を受けました。教育者の中には部外者に壁を作る人もいて、重松氏も「おまえに教育の何がわかる。だいだい教員免許を持っているのか」という手紙をもらうことがあるといいます。
重松氏が教員免許を持っていることを明かすと、急に相手はおとなしくなってしまうものの、それだけ、教員免許の有無にこだわる人がいるらしいのです。
教育“界”という業界が部外者の言うことを聞こうとしないのが事実なら、自分も有資格者になって発言してやろうじゃないか。
はじめは、発言資格を得るためにはじめた教員免許取得のための勉強でしたが、スクーリングや教育実習を経験するうちに、「本当に教壇に立ちたい」という思いがわき上がり、とうとう本格的に先生になることになりました。


本書で挙げた多くの問題に、これからどんな答えをだすのか。
会議室を飛び出し、事件が起こっている「現場」に張り付いた乙武さんの行動がはじまります。


内容紹介だけで長文になってしまったので、感想をふたつだけ書きます。


その1。杉並区ってユニーク


乙武さんが赴任したのは、杉並区立杉並第四小学校です。
また、義務教育初の民間人校長として有名な藤原和博さんは、杉並区立和田中学校の校長です。
両方とも杉並区。


杉並区って、ユニークな教育行政をしているんですね。


その2。乙武さんの障害を“障害”にしない姿勢は本物


乙武さんが障害者としての自分を気にしないよう、両親や先生や多くの友人がさまざまなアイデアを出してくれました。
どうすればみんなと同じ学校生活を送れるかと考え、実現してくれた大人たちの苦労もさることながら、対等に友人として接してくれた人たちのすばらしさが、本書にも何度となく登場しています。


私の胸に迫ったのは、次の一文です。
  本業であるスポーツライターとしての仕事。「新宿区子どもの生き方パー
  トナー」として、小中学校をまわる活動。その合間を縫うようにしてカ
  フェでパソコンを開き、大学のレポートを書き、試験勉強に励む。友人
  には、「おまえ、足なんか一本もないのに、二足どころか三足のわらじ
  を履くなんてゼイタクだ」なんてからかわれたりもしたが、目標に向かっ
  てフル回転する日々は、とても充実した、心地のいいものだった。


「おまえ、足なんか一本もないのに……」という冗談を言える友。
それを、単なるからかいとして受け流せる信頼関係。


乙武さん。やっぱり、あなた、しあわせ者ですよ。