副題:『実話ナックルズ』発行人の告白
クレームに臨む時、僕はいつもビビっていた
著者:久田 将義 出版社:ミリオン出版 2011年4月刊 \1,050(税込) 207P
つい去年まで『実話ナックルズ』という雑誌の編集長を務めていた人が書いたトラブル列伝である。
『実話ナックルズ』は、事件、アウトロー、芸能、都市伝説、ヒップホップカルチャーなどを取りあげる雑誌だそうだ。
著者の久田氏によれば、どんな出版物にもクレームは付きもの。まして『実話ナックルズ』は扱うテーマがアンダーグラウンドなので、トラブルの連続だった。
自分の経験したトラブルはちょっと過激なので参考にならないかもしれないが、「世の中にはこんな目に遭っている奴もいるんだな」と知ってもらえれば、少しは読者の心の安定に貢献する。
もしかすると、ビジネスの交渉の場で役立つかもしれない、と久田氏は言う。
――ちょっとこじつけ気味な気もするが、他人のトラブル話は、面白く聞くことができる。
せっかく久田氏が「四方山話として聞いて頂いても勿論結構である」と言ってくれているので、今日はちょっと不謹慎に本書を楽しむことにしよう。
まず第1章の「アウトロー編」から見てみよう。
今ではクレーム処理経験も豊富となった久田氏だが、何ごとにも1回目というものがある。久田氏が一番はじめにヤクザの脅迫を受けたのは十数年前のことだった。
都内某喫茶店に呼びだされ、3、4人のヤクザに囲まれたそうだ。
オマエが来て頭さげたくらいじゃ解決にならない。誠意を見せろ。……とヤクザは言う。
謝ってしまえばなんとかなる、と甘くみていた久田氏は、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
ともかくこの場から立ち去りたい、という一心で、「のちほどご連絡という訳にはいきませんか」と、いったん解放してもらうよう懇願する。
会社の上司と相談し、日を改めてわずかな「誠意」を手渡してなんとか許してもらったのだが、この経験のおかげで久田氏は、ヤクザに任侠道を期待してはいけないことを学んだ。
とはいっても、ヤクザを取材対象から外すわけにはいかない。
あるムック本でヤクザのシノギのリポートを載せようとしたとき、最終チェックで「大丈夫? このページ」と感じた。ヤクザは「シマ」と「シノギ」について書くとうるさい。「営業妨害」と思われる可能性もある。
一瞬迷ったが、取材したカメラマンの名前を見て、彼なら大丈夫と思ってゴーを出した。
が、それがいけなかった。
やはりヤクザからクレームが入り、新宿の喫茶店に呼びだされた。
次号でお詫び文を載せる、という提案は、
「アホうっ。そんなんで済むかいっ」
とあっさり蹴られ、大阪の親分さんのところへ行かされることになった。
レンタカーを借りて、くだんのヤクザを助手席に、記事の担当者を後の席に載せる。高速道路を運転しながら、「もしかして山に埋められるのか」と、最悪の事態も想像してしまった。
ふとバックミラーを見ると記事の担当者が船を漕いでいる。
ヤバい!
助手席に座っているヤクザが後部座席の居眠りを見つけたら、何されるか分らない!
むりやり、「……だよねぇ! ○○君!」と部下に話しかけて目を覚まさせた。
こんなハラトラドキドキのクレーム対応が、第2章「政治家編」、第3章「文化人・ライター」編で、これでもか、と披露される。
意外だったのが、アンダーグラウンドな雑誌を作っている著者が、「筋を通す」とか「言論の自由」について、特別な思い入れを持っていることだ。
さわりだけ引用させてもらう。
「筋を通す」について。
人間を人間たらしめるのは義務感だと思っている。絶対このトラブルは僕で収める。部下が嫌な思いをするのも避けたかったし、上司、社長にケツを持っていくなど僕はこれっぽっちも考えなかった。腹をくくるしかない。
「言論の自由」について。
「言論の自由とは何を書いてもいい。ただし、何を書かれてもいい」
もう一つ。
「イエロージャーナリズムが発展している国ほどその国の文化成熟度は高い」
体を張ってトラブルをおさめ続けているうちに、久田氏は悟った。
編集者とは恫喝、脅迫、恐喝、暴力、拉致、などに耐えうる者のことである。
ご立派!
腹の据わったアニキならではの事件簿を、とくとご覧あれ。