国をつくるという仕事


著者:西水 美恵子  出版社:英治出版  2009年4月刊  \1,890(税込)  313P


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2003年まで世界銀行副総裁を務めた著者が、貧困と闘い続けた23年間の経験を通して、リーダーと政治のあるべき姿を示す回顧録です。
国際機関で活躍した日本人といえば、元国連事務次長の明石康氏、元国連難民高等弁務官緒方貞子氏が有名ですが、まだまだ本物の国際的人材がいることを本書に教えられました。


今年はまだ8ヵ月以上残っていますが、本書を読みおわったとき、本年のベスト1を予感させる感動を覚えました。
文句なくお勧めできる一書です。



本書の内容に入る前に、私も不勉強だった「世界銀行」について、少し解説させていただきます。


1944年、連合国代表が戦後の世界経済の安定と復興について協議し、いわゆるブレトン・ウッズ体制がスタートしました。
この連合国の合意で設立されたのが、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)で、IBRDと後に設立された国際開発協会(IDA)を合わせて世界銀行と呼んでいます。


世界銀行発展途上国の貧困を削減することを目指しており、そのために相手国に資金を融資したり、貧困から抜け出す分析や助言することを業務としています。


著者の西水さんは、プリンストン大学助教授として経済学を教えていましたが、1980年に1年間のサバティカル(研究休暇)を世界銀行の研究所で過ごすことにしました。
どこか貧しい国を自分の目で見てくるように、と当時の副総裁に言われ、西水さんはエジプトの首都カイロに向かいます。


貧民街に足を運んだ西水さんは、看護に疲れた母親からひとりの病気の少女を抱きとりました。ナディアというその少女は、緊急手配した医者がくる前に、西水さんの腕のなかで息を引き取ります。
ナディアが命を落とした原因は、安全な水さえあれば防げた下痢の脱水症状でした。


少女を殺した原因が、民の苦しみなど気にもかけない悪統治にあることを直覚した著者は、帰りの飛行機のなかで「何をするために経済学を学んだのか」と自問します。ワシントンに到着し、車輪が滑走路に接した瞬間、西水さんは世界銀行に残ることを決意していました。


こうして、西水さんの貧困と闘う日々がはじまりました。



世界銀行の本業は、あくまで「融資」であって、決して「援助」ではありません。元本を返してもらわなければ、次の国の次のプロジェクトに融資することができません。
国体が維持できなければお金は戻ってきませんので、世銀職員には、国体持続の判断が求められます。
悩んだ西水さんは、国の行く末を判断する方法を決めました。融資先の国の貧村やスラム街にホームステイし、人々の声を聞くことにしたのです。


貧しい人々、権力を持たない人々のことを西水さんは「草の根」と呼び、草の根訪問が西水さんの活動の原点になっていきました。


政府からのレポートで見えないものが西水さんに見えてきました。


たとえば、インドのある村でのこと。


アマ(お母さん)の咳で目が覚め台所を見ると、煙がもうもうとたちこめているのが見えました。
西水さんも台所へ行ってみると、口に布を巻いても針を飲んだように煙が肺を刺します。目も刺されて、とにかく痛い。背中に背負った子どもも、小さな肺をゼイゼイさせています。


せめて煙の出ないかまどを使えないものか。


あとで調べてみると、インドの女性と子どもの死因トップが煙による室内汚染でした。
それまで田舎の電化はぜいたく、と心の奥で思っていた西水さんは、自分の考えを恥じました。


電気が使えて無煙かまどが普及するためにどうすれば良いか――。
西水さんの重点項目が変わった一瞬でした。


「草の根」の母たちの悲しみを背負った西水さんは、地方の小役人だろうが、一国の指導者だろうが、決してひるむことなく直言します。


  「私腹を肥やすより国の将来を思え、君はそれでも政治家か、人の親か」
  「国民の声に耳を傾けずに復興計画を考えるなど、もってのほか」
  「礼儀知らずに返す礼儀はない」


本書には書かれていませんが、途上国の権力者と渡り合うからには、命の危険を伴うこともあったに違いありません。


「いったい世銀に何ができるというのか……」
時に悩み、絶望しそうになりながらも、貧しき民衆のために走り通した23年間でした。



本書に登場する「草の根」の姿は、ほんの半世紀前まで日本の各地にも存在しました。
それは、私自身の経験とも重なります。


以前にも書きましたが、私の生まれた北海道の田舎では、私が5歳になるまで電気も水道もガスもない生活をしていました。
昭和39年の大冷害で凶作に見舞われた際、全国から送られてくる「救援物資」という援助を受け取ったこともあります。


今では考えられないような環境で子どもたちを育ててくれた私の母。
その母の名は、偶然にも著者と同じ「美恵子」といいます。


幸い電気も水道も使えるようになったあと、私は普通に小学校に通える生活がはじまりました。しかし、母「美恵子」が子どものころにさかのぼると、更に厳しい貧困がありました。母は貧しさのため子守奉公に出され、小学校にも行かせてもらえなかったといいます。


貧しさの連鎖が子どもたちに及ばないことを母は祈ったに違いありません。


母の祈りが通じたのか、日本が高度経済成長の恩恵を享受するなか、私も大学進学を果たし、会社員という名の中産階級に所属するようになりました。


西水さんが歩きまわった国の「草の根」には、もっともっと深刻な事情がありますので、日本の戦後復興・高度経済成長のような急速な改善は望めないかもしれません。


しかし、私も祈らずにはいられません。


かの貧しき国に本物のリーダーが現れんことを。
この途上国のようになりつつある我が国に、心ある若者が育たんことを。


そのために、本書を一人でも多くの人に読んでもらいたいと思います。



本書は、私のメンター松山真之助さんのメルマガ「Webook of the Day」の最新号の「かってに宣伝、臨機応援団!」コーナーで知りました。


松山さん、素晴らしい本を教えていただき、ありがとうございました!


松山さんの「かってに宣伝」には4月22日(水)に開催される、丸善丸の内本店での著者講演会の告知が載っています。素晴らしい内容を予感した私は、「お買い上げの方、先着100名様」に間に合うように、すぐに丸の内に向かいました。おととい(4月13日)の段階では、まだ整理券が残っていて、何とか手に入れることができました。


現在、米国首都ワシントンと英国領バージン諸島に在留中の西水さんです。直接お会いしてサインいただける数少ないチャンスになるでしょう。
整理券の残りがあるかどうか分かりませんが、ご興味をお持ちの方は、すぐに丸善丸の内本店でお買い求めください。

◆ 講演会並びにサイン会
 【日時】 4月22日(水) 18:30開場/19:00開演
 【場所】 丸善 東京駅そば丸の内本店3階 日経セミナールーム
 【参加方法】丸善丸の内本店にて書籍『国をつくるという仕事』を
       お買い上げの方、先着100名様。
 【詳細】 http://www.maruzen.co.jp/Blog/Blog/maruzen02/P/6039.aspx
 【問い合わせ先】丸の内本店 和書グループ 03-5288-8881

おまけ


本書は発売直後にもかかわらず、いくつかの書評が書かれています。
ご参考までに、トラックバックさせていただきます。
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