解読!アルキメデス写本 羊皮紙から甦った天才数学者


著者:リヴィエル・ネッツ ウィリアム・ノエル/共著 吉田晋治/監訳
出版社:光文社  2008年5月刊  \2,205(税込)  442P


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1998年10月29日、オークションの老舗として知られるクリスティーズのニューヨーク支店で、一冊の手書き写本が220万ドルの高値で落札されました。


落札したのはミスター・BというIT長者です。
ミスター・Bは正体を明かしておらず、分かっているのは、第一線から身を引こうとしている大富豪であること、といってもビル・ゲイツではないこと、そして、この落札した写本の内容を解読するために巨費を投じていることです。


本書は、ミスター・Bの落札した「アルキメデスC写本」の解読を託されたウォルターズ美術館の学芸員ウィリアム・ノエル氏と、スタンフォード大学教授のリヴィエル・ネッツ氏が解読の過程を明かしたドキュメンタリーです。


ノエル氏は、この写本が21世紀までたどり着いた過程を、「生き残りを賭けた大レース」と呼びました。アルキメデスの著作が生き残るためには、「破壊」という競争相手の一歩先を走り続けなければなりません。
競争に勝つためには、戦争や無関心によって失われる数よりも多くの写本が作らる必要があったのです。


この大レースが始まったのは、紀元前3世紀。長靴の形をしたイタリア半島のつま先にある三角形の大きな島、シチリア島に住んでいたアルキメデスがエラトステネス宛に『方法』という数学についての書簡を発送しました。
パピルスに書かれた書簡はエジプトのアレクサンドリアに到着したあと、図書館に保管され写本も多く作られたようです。


しかし、アレクサンドリアが数度にわたって破壊され、ローマ帝国キリスト教を公認すると、キリスト教の教典の書写に力が注がれるようになり、後世に伝えられる古典の数は激減しました。


アルキメデスの書簡は、政治的に安全だったコンスタンティノープルで細々と伝えられていましたが、パピルスから羊皮紙へ、ギリシャ語の大文字体から小文字体へと書写媒体・形式が変わるなかで、後世に伝わった写本はとうとう3冊だけになってしまいました。9世紀から10世紀にかけて作られた3冊は、それぞれA写本、B写本、C写本と呼ばれています。


しかし、このコンスタンティノープルも破壊に見舞われました。西洋社会では1453年にオスマン・トルコによってコンスタンティノープルが陥落したことを悲劇の大事件ととらえており、シュテファン・ツヴァイクの『人類の星の時間』にも陥落の瞬間が描かれています。


古典書籍がごっそり失われてしまったのは、実はそれより250年も前のことで、1204年の十字軍による街の破壊が原因でした。


AとBの写本はイタリアに流れ着いてギリシャ語からラテン語に翻訳されましたが、B写本は1311年を最後に足取りが途絶え、A写本は16世紀半ば以降、見た人がいません。


AとBの写本からラテン語に翻訳された新たな写本が注目され、ルネサンス期にアルキメデスの存在は広く認知されました。しかし、一部内容の異なるC写本はルネッサンス期に読まれた形跡がありません。


というのも、1229年、C写本はバラバラに解体され、再利用されてしまったからです。
何かの薬品を塗って軽石でこすられ、羊皮紙の文字は薄くなってしまいました。
半分に切断して90度回転した皮に、キリスト教の祈祷文が上書きされていきます。


元の大きさの半分になった祈祷書は、エルサレム近くの修道院で19世紀まで使われ、20世紀のはじめにコンスタンチノープルで“発見”されます。
文献学者が薄くなった文字を解読して学術誌で発表したあと、第一次世界大戦の混乱のさなかにC写本は再び姿を消しました。


こうして要約してみると、ごちゃごちゃしてよく分からないかもしれませんが、ニューヨークのオークションで再び世の中に姿を現わすまでの写本の流離譚は、破壊の魔の手から逃れるサスペンスドラマのようにスリルに満ちています。


もう長くなったので割愛しますが、ネッツ氏が明かしてくれる解読の過程や、アルキメデスについての新たな発見の意味も、興味深いものでした。


久しぶりに「この先、どうなるんだろう」とドキドキしながら本を読みました。


ダ・ヴィンチ・コード』は、ジェットコースターのように目が離せないストーリー展開でベストセラーになりましたが、本書もページをめくるのがもどかしく感じられる、という点では負けていません。


キリストが結婚していた! というセンセーショナルな発見ならともかく、一見地味な学術書がこれほどワクワクさせてくれるのは、やはりアルキメデスという歴史上の人物が書いたという事実の重みのおかげでしょう。


古代史や数学に関心のない人でも、人の考えが伝わる不思議さ、書物の運命の不思議さに思いを馳せるに違いありません。


本好きにはたまらない一冊です。