著者:中野 京子 出版社:朝日出版社 2007年7月刊 \1,890(税込) 246P
結城昌子さんの『原寸美術館』という美術解説本を紹介したことがあります。(2005年のブログ参照 )
名画を見るときに、構図や主題ばかりに目を向けず、もっと画家の絵筆の動きを感じてほしい。美術史的な知識や文学的なイメージを捨てて、細部をたっぷり見てもらうために、名画を原寸で掲載した、という画集です。
その結城さんの次のような推薦文が本書の帯に書いてありました。
「名画の見方」を借りた、知的でスリリングな文学体験。
結城さんが「文学体験」と評したように、本書は『原寸美術館』が禁じ手としていた美術史的な知識や文学的なイメージを総動員する鑑賞方法を教えてくれます。20枚のヨーロッパ絵画を取り上げ、主題や構図ばかりでなく、ひとつひとつの画題の奥に隠された怖ろしい情念を解説してくれる恐怖ツアーガイドです。
まず、表紙をアップでご覧ください。(アマゾン掲載の表紙画像はこちら)
なんとも底意地悪そうな流し目の女性が描かれたこの作品は、17世紀フランスの画家ラ・トゥールの『いかさま師』の一部です。カモネギ状態でやってきたお金持ちのお坊ちゃん相手に、いかさま博打をはじめようとする瞬間を捉えたのです。
悪意そのものの眼差しは、たしかに不気味な怖ろしさを発散させていますが、これはまだ序の口にすぎません。
著者の中野さんによると、16世紀に「寓意画」が流行しました。画家が難解で凝った寓意や擬人像を考案し、鑑賞者はその解読に挑戦するという知的遊戯が宮廷社会に広まったのです。
絵画に込められるメッセージは、決して明るいものばかりではありません。
本書に取り上げられた「怖い絵」には、人間の欲望の深さ、弱い者への攻撃性、残酷なしうち、はては殺人、人肉食、性的虐待、近親相姦、etc.
おぞましいもののオンパレードです。
中にはひと目見ただけで嫌悪を感じ、不安をかき立てるような絵画もあります。悪夢にうなされるかもしれないので、感受性が強すぎると自覚している方にはお勧めしません。
とはいえ、怖いこわ〜いホラー映画に比べたら、急に脅かされたりすることもなく、みかけの恐怖度はそんなに高くありません。
むしろ、本書の真骨頂は、みかけは何の変哲もない絵に隠されている背徳や悪意の兆候です。
たとえば、『エトワール、または舞台の踊り子』というバレエダンサーを描いたドガの有名な1枚。
時代背景を知らない現代人から見ると、華やかな舞台芸術を描いたという印象しか受けません。ここで中野さんは教えてくれます。
この時代のバレエダンサーの社会的地位は、決して高くなかったこと。そのダンサーにとって、この絵の片隅に描かれている人物が何を意味するかというと……。
おお、こわっ!!
ブリューゲルもボッティチェリも、当時の時代背景に従ってこわ〜い絵を描いていたことを教えてくれます。
感動とは別の意味でゾクゾクすることを保証します。