中野京子と読み解く名画の謎 ギリシャ神話篇


著者:中野 京子  出版社:文藝春秋  2011年3月刊  \1,600(税込)  262P


中野京子と読み解く名画の謎 ギリシャ神話篇    ご購入は、こちらから


ベストセラー『怖い絵』シリーズで知られる中野京子の西洋絵画解説本。
ギリシャ神話の20の物語を選び、それぞれ有名な場面を題材にした油絵について、絵画のみどころ、物語の背景、作者の意図、時代背景などを説明してくれる。


中野氏は、ゼウスをめぐる物語から4つ、ヴィーナスをめぐる物語から6つ、アポロンをめぐる物語から4つ、その他の神々をめぐる物語から6つ選んだ。


絵画を見るとき、「芸術」を「観賞」する、と構える必要はない、と中野氏は言う。


一般向けの解説書ということもあり、

最低限の知識さえあれば、もともとお話自体が十分に面白いのですから、それを描いた絵が魅力的でないわけがない!

と肩の力を抜くことを提案している。




本書をパラパラとめくって見るとすぐ気づくのは、とにかくハダカが多いことである。


日本の神話でハダカといえば、アマテラスオオミカミが天の岩戸に隠れたときに、岩戸の前で他の神様がハダカで踊ったことくらいしか思い浮かばないが、中世のヨーロッパ人が描くギリシャの神様は、ほとんどハダカで登場する。


しかも、描かれている女神たちは、「ちょっと太り過ぎじゃない?」と首をかしげたくなるほど豊満な肉体をしている。なぜ太った女神が多いかというと、当時の美人と、今の美人は基準が違っているからだ。


中野氏は言う。

 太り過ぎ?
 それは我々が「痩せ礼賛」の文化に浸かっているというだけの話だ。現代とは異なり、当時はこのように小ぶりの胸、妊婦と見紛うふっくらした腹部、肉厚の下半身こそ、理想のヌードであった。


ヌードが多いことに加え、不倫、浮気、愛欲、官能、少年愛など、性的な題材も多いのだが、中野氏は芸術とポルノの境界を分け入っていく。芸術作品を堅苦しい道徳で評価するなんてバカバカしいことが、中野氏は大嫌いなのだ。


たとえば、アポロンをめぐる4つの物語の最初に登場する『ヒュアキントスの死』。


太陽神アポロンはスパルタ王の息子ヒュアキントスに夢中になり、この美少年を傍らからはなさなかった。
ある日、二人は野原で円盤投げをして遊んでいたが、アポロンが投げた円盤がヒュアキントスの顔面を直撃してしまう。
ぐったりと力が抜けていく裸のヒュアキントスと、彼を抱きかかえる裸のアポロンを描いたのがブロック作『ヒュアキントスの死』だ。


中野氏は、次のように賛嘆する。

 まるで日本の少女漫画の元祖のごとき絵ではないか! 蜜のように甘く、見ていて少々気恥ずかしくなるような、ボーイズ・ラブの世界。
 アポロンもヒュアキントスもまだ少年期の滑らかな肌としなやかなラインを持つ、美少女のような男の子たちだ。太陽神に抱かれるヒュアキントスは、息絶えようとしているというよりは、愛の絶頂の弛緩状態に見える(もちろん画家はそれを狙ったのだ)。


ただし、本書全編がエロスに満ちているわけではない。


神話画に必須のアトリビュート(人物を特定する持ち物)を通じて、中野氏は神々の物語を解説してくれる。


ゼウスの横には鷲が、ゼウスの妻ヘラの横にはクジャクが描かれるのがお約束だ。ヴィーナスが登場する絵には必ずクピド(キューピッド)が描かれているし、商業と旅行の神ヘルメスは、翼のついた丸帽をかぶり、蛇の巻き付いた杖をもっている。


狩猟と月の女神ディアナ(ダイアナ)や、酒の神バッカスなど、聞いたことのある名前は多いが、なかには「エコー」のように、ギリシャ神話に登場していたことを知らなかった神もいた。


正確にいうと、「エコー」は神ではなくニンフ(自然に宿る、若い女性の精霊)だ。
「エコー」はかつておしゃべりなニンフだったのだが、彼女のおしゃべりに苛立ったヘラが、罰として、彼女から言葉を取り上げたという。それ以来エコーは、他人の言葉の最後部をただ復唱することしか許されなくなった。


「エコー」は木霊のニンフとなったのだ。


案内人の中野氏が勧めるのは、ちょっとだけ勉強しながら、当時と同じように「娯楽」として楽しむこと。

参考書評


『怖い絵』
怖い絵    ( ⇒ 読書ノート2008年3月13日 参照)


怖い絵2    『怖い絵2』( ⇒ 読書ノート2009年5月22日 参照)


怖い絵3    『怖い絵3』( ⇒ 日経ビジネスオンライン「超ジビネス書レビュー」2009年11月11日 参照)


残酷な王と悲しみの王妃    『残酷な王と悲しみの王妃』( ⇒ 読書ノート2011年1月12日 参照)