残酷な王と悲しみの王妃


著者:中野 京子  出版社:集英社  2010年10月刊  \1,680(税込)  243P


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本書は5人の王とその妃たちを題材にし、王と王妃の悲劇的な関係性を描きだしている。


舞台は絶対専制君主時代のヨーロッパ。
この時代、この地域に限らないが、王権は世襲でひきつがれるものだった。王族の結婚は世継ぎを産むためになされるもので、今のような恋愛結婚など考えられない時代である。


王家に生まれた女の子は、どの国でも外交上の切り札として扱われる。幼いころから婚約者が決められ、まだ少女のうちに他国に嫁いでいくことも多かった。異国の地で待つ王子とのラブロマンスはおとぎ話の中だけで、世継ぎを産むことが生涯かけての「仕事」となる。


乳児死亡率が高い次代のこと。
せっかく産んだ男の子が成人するまえに死んでしまえば、宮廷内の王妃の影響力はどんどん小さくなっていく。公認の寵姫などのライバルに我が物顔されるし、へたをすれば命が危うくなる。


そんな時代背景から著者の中野氏が選んだのは、とびきり悲劇的な王妃たちだ。


いずれ劣らぬおぞましい物語が展開されている中から、3番目の「雷帝」の妃たちの悲劇を簡単に紹介しよう。


時は16世紀前半。
イタリアでレオナルド・ダヴィンチが活躍し、ドイツではルターが宗教改革を行っていたが、当時のロシアはまだまだ未開の地だった。あまりに広すぎ、ルネサンス宗教改革も直接には影響しなかったこの「非ヨーロッパ的田舎国」は、絶対権力者のもとに完全統一されていたとはまだ言いがたかった。


後に「雷帝」と呼ばれるようにりるイワン四世は、父の死によってわずか三歳で大公位を継いだ。


母親が毒殺されるような不安定な政治情勢を生き抜くことができたのは、他の大貴族たちが牽制しあい、お飾りの少年大公がいるほうが都合がよかったからだ。


16歳で全ロシアのツァーリとして戴冠したイワンは、どこかのヨーロッパのプリンセスに求婚しようとするが、「断られては恥だから諦めるように」と忠告されて諦める。


花嫁コンテストが開かれることになり、各地の貴族から美しい娘が候補に選ばれた。シンデレラの童話のように舞踏会がひらかれ、金銀を縫い込んだスカーフを受け取って花嫁になったのが、ロマノフ家のアナスターシャである。


青年ツァーリが着々と政治改革を進め、世継ぎも産まれて順風満帆に見えた結婚生活だったが、14年目に妃が急激に衰弱しはじめる。
イワンは毒が盛られた、と直感し、半狂乱となる。つききりの看病もかなわず、アナスターシャは助からなかった。


母につづいて愛する妻も毒殺されたイワンの精神はすさみ、犯人とめぼしをつけた大貴族たちに残酷な復讐を行う。周囲は戦々恐々とし、理不尽な神を恐れるように、イワンを「雷帝」と呼ぶようになった。


酒を浴びるほど飲み、愛人を山ほど作ったイワンは、挺臣たちから再婚を勧められ、ここから次々と不幸な結婚が続けられていく。


著者の中野氏は、次のように書いている。

封建的な家父長制度のもと、ロシアの夫は妻を殴るのがあたりまえで、「女房を殴れば殴るほどスープが美味しくなる」だの「毛皮は叩けば温かくなり、女房は叩けば優しくなる」との諺まであったほど。


最終的にぜんぶで7人におよんだ妃たちは、毒殺、原因不明の急死、不倫の罰で生き埋め、修道院へ追放など、好き放題のイワンの犠牲となる。


あるとき、イワンは妊娠している息子の嫁を怒りにまかせて杖で叩きのめし、おかげで嫁は流産してしまう。抗議しにきた息子と言い争っているうちに、こんどは息子に杖をふるい上げ、とうとう大切な世継ぎである息子まで撲殺した。


一時は悪夢にうなされる日々がつづいたものの、イワンは驚異的な速さで回復していく。


そして……。


いや、血なまぐさい物語の紹介はここまでにしておこう。



著者の中野氏は早稲田大学の講師としてドイツ文学、西洋文化史を教えている。
西洋絵画に込められた恐怖を解説する『怖い絵』シリーズ3部作が累計25万部のベストセラーとなり、NHK教育テレビにも出演していた。


ちなみに、雷帝イワンが息子を殺す場面を描いたレーピン画『イワン雷帝とその息子』は、『怖い絵』の17番目にも登場していたが、この絵の怖さを中野氏は次のように読み解いている。

 致命傷を負ってくずおれる若者、そのこめかみから噴き出る血を、必死で押さえながら絶望に眼を見開く老人……。
「取り返しがつかない」と悟った人間の恐怖を、そしてその恐怖がじわじわ広がってゆく様を、これほどにも鮮烈に描写した絵画はないのではないか。


中野氏の解説は、絵の持っている怖さを増幅させる。
年明け早々、背筋がゾクッとする読書はいかが?

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