著者:河本 英夫 出版社:NHK出版 生活人新書 2010年10月刊 \735(税込) 211P
「老人力」がベストセラーになってからというもの“○○力”という書名をよく目にするようになった。
「飽きる」ことに上手も下手もないはずだから、『飽きる力』なんて書名は、便乗本の一種なのだろう――と半分バカにして手に取った。
読んでみると違っていた。
さすがNHK出版。オートポイエーシス・システムという、耳慣れない研究をしている学者が書いた、ものすごく真面目な学問の書だった。
まったく聞いたことのない言葉というのは、そういう新しい概念がある、と知るだけなんだか賢くなった気がする。そういえば、5年くらい前に、「ファシリテーション」とか「アフォーダンス」という“新語”を耳にしたときも、なんだか賢くなった気がしたっけ。
さて、オートポイエーシスとは何か。
著者の河本氏によれば、オートポイエーシスは「おのずと形成されていく仕組み」だ。
このシステム論は、意図せず何かが出現して、出来上がっていく仕組みを描いたものです。しかもこのシステムは連続的に出来上がり続け、時に応じて、自分自身をまったく別のものに組み替えていくような仕組みを備えています。(中略)
また、このシステム論は、つねに生成プロセスのさなかにあって、そのさなかで創造的であり続けるような仕組みを定式化しているシステム論でもあります。
なんだか、分かったような分からないような……。
それもそのはず、河本氏は、次のように突きはなしてもいる。
したがって、オートポイエーシスはこういうことですなどと言って説明してみせる、ということだけはやってはいけない。これはもううんざりするほどいろいろな場面でお目にかかることですが、(中略)そして、一番うんざりするのは自分自身です。またこんなことしか言えないのかと。これだけはやってはいけないのです。
分かったような分からないようなことを「禅問答」と言うが、オートポイエーシスとは、分かっている人にしか分からない内容らしい。
河本氏は、「そもそもオートポイエーシスは、理論を学んでそれを身につけ、あらゆることに応用してみるような構想ではないのです」と続けている。こんな突きはなした言い方は一般読者向けの解説本にあるまじき記述とは思うが、オートポイエーシス・システムが分からなくても、そこから引きだされる「飽きる力」の大切さだけは訴えておきたい、というのが本書の主題であることは間違いない。
いつも何かを生み出し続けるシステムにとって、同じことを永遠に続けてしまうことは好ましくない。何か新しいことをスタートさせるために、まずはそれまでの行動、それまでの実績に「飽きる」ということが必要だ。
目次には、次のように書いてある。
- 飽きるとは「心のゆとり」に近いもの
- 飽きるとは「選択のための隙間」を開くこと
- 飽きるとは「異なる努力のモード」に気づくこと
- 飽きるとは「視点を切り替える」ということではない
- 「飽きる」と「あきらめる」は違う
- 飽きることのモード?――ともかく「待つ」
- 飽きることのモード?――反省をしない
- 飽きることのモード?――うまく使ってくれる人をみつける
河本氏の言う「飽きる」ことの方向性が、以上の目次内容で少しはイメージできただろうか。
僕が興味深かったのは、経験の仕方の特徴から人間をざっくり3つのタイプに分けていることだ。河本氏は、次の3つに分ける。
人間の類型?―ともかく未来に向かうタイプ
人間の類型?―どうしても過去に向かうタイプ
人間の類型?―ひたすら元気一杯なタイプ
「飽きる」という観点からみると、「過去志向」タイプがいちばん「飽きる」力が弱いそうだ。難しい顔をして一生懸命に物事を考えるのだが、問題解決よりも、本当は誰が悪いのかという「そもそも論」になってしまうことが多く、「自分は間違っていない」ことを何度も何度も反芻しがち、とのこと。
これじゃ、確かに前に進めない。
ちょっとドキッとしたのは、「飽きるということは速度を遅らせるという面をもちます。速度を遅らせて、選択肢を開くということなのです」という指摘。
「読書ノート」で取りあげる本の数が2年連続で少なくなってしまったので、年末に、「来年は、もっとペースを上げよう」と決意したばかりなのだ。
ペースが落ちるということが新しい方向性をつかむ予兆であるならば、無理にペースを上げずに、「自分の中から何か湧いてくるのを待つ」ことが必要なのかもしれない。
ただ、「来年は、もっとペースを上げよう」と思ったのは、「自分の中から何か湧いてきた」からでもある。いつもいつも60冊以上の積ん読を眺めるのは、もう飽きた! のだ。読まずに背表紙を眺め続けるよりも、サクサクと読んで読書ノートにまとめ、目の前の積ん読の山から「読んだ」棚に移すことが、僕の新しい選択肢だ。
「一生懸命がんばっても、知能や技術が伸びていくことはまずありません」という河本氏の断言に逆らうことになるが、もう少し一生懸命がんばってみようと思う。