著者:浅田 次郎 出版社:角川書店 2011年6月刊 \1,890(税込) 418P
2011年8月に映画化された『日輪の遺産』の原作本である。
ロードショーも終わってもうDVDも出ているので、時期遅れの感はあるが、「浅田文学の原点」という映画のキャッチコピーに惹かれて手にした。
本書が最初に出版されたのは、1993年8月。青樹社という小さな出版社から書き下ろしで刊行された。
まだまだ無名の作家だった浅田氏の著作は、当時4冊だけだった。
連載エッセイをリメイクした『とられてたまるか! 』、ノベルズ版『きんぴか』、『気分はピカレスク』、そして『プリズンホテル』の第1巻。
いずれも、やくざや悪党が登場する小説で、いつのまにか「極道」専門の作家と見なされるようになっていた。
なんとか路線変更したい、と一念発起した浅田氏は、作品の題材をガラっと変え、「戦争」をテーマにすることにした。
極道が登場するユーモア連載小説から、戦争を題材にしたシリアスな書き下ろし小説へ。
軌道修正を決めた浅田氏は、取材と資料読みに丸2ヵ月を費し、その後5ヵ月で原稿用紙700枚の長編を一気に書き上げた。
その後も『プリズンホテル』や『きんぴか』も書き続けたが、本書『日輪の遺産』で開拓したシリアス路線は、やがて『地下鉄(メトロ)に乗って』や『蒼穹の昴』につながっていく。
シリアス路線の作品は、多くの読者を獲得し、浅田氏は吉川英治文学新人賞や直木賞を受賞した。
本書が書かれなければ、一連の浅田作品は生まれなかったかもしれない。まさしく浅田文学の原点といって良い作品である。
本書の舞台とあらすじを簡単に紹介させていただく。
物語は昭和20年8月はじめからスタートする。
軍需工場で勤労奉仕している35名の女学生の前に、2人の軍人があらわれた。
本土決戦のための重要な物資の集積作業をやってもらう、という。
息のつまる工場から外に出られるだけで、まるで遠足のような気分でトラックに乗り込んだ少女たちだったが、あとから考えると、2人の軍人は「まるで忍び寄る不幸そのもののよう」な人たちだった。
場面は変わって、ほぼ半世紀が過ぎた現在。
バブル崩壊のあおりを受けて倒産寸前の会社を経営する丹羽は、競馬場で知りあった老人から古びた手帳を渡される。
直後に心臓発作で死んでしまった老人の手帳には、当時少佐だった軍人が終戦間際に遂行した極秘任務の顛末が書かれていた。
陸軍大臣、参謀総長など5人の最高首脳の命令で、現在の貨幣価値で200兆円もの金塊を某所に隠した、というのだ。
物語は、過去と現在を往復しながら、女学生たちが金塊の運搬に従事したこと、秘密を守るために少女たちの口封じをするよう軍人たちが命令されたこと、終戦直前の陸軍クーデターによって、命令を下した最高首脳が次々と死んでいったことが綴られる。
金塊を隠したあと、軍人たちは女学生35人を殺してしまったのか。
莫大な財宝は、未だに発見されていないのか。
発見されていないとすれば、いったいどこに隠されているのか……。
さすが「浅田文学の原点」である。
本書には、その後の浅田作品で用いられる題材や手法がいくつも用いられている。
過去と現在を往き来しながら物語が進行していく、という手法は『蒼穹の昴』でも用いられ、西太后の“現在”を描きながら、清王朝の順治帝や乾隆帝の時代の逸話を挿入し、やがて一つに溶けあっていった。
長靴の足音が聞こえてきそうな軍人の描写は『終わらざる夏』にも用いられているし、何より、登場人物が何かを守るために死んでいくという浅田流の浪花節は、その後の作品に共通している。
今年も、あと50日あまりで終戦記念日を迎える。
映画公開から1年遅れとなってしまったが、未読の方は、終戦記念日に向けて
読みはじめてみてはいかがだろうか。