怖いクラシック


著者:中川 右介  出版社:NHK出版(新書)  2016年2月刊  \886(税込)  283P


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『怖いクラシック』というタイトルを見て、すぐに中野京子著『怖い絵』を思い浮かべた。


中野氏の『怖い絵』は、西洋絵画にくわしくない人に絵の見かたをやさしく手ほどきする内容で、2007年に出版された。よく売れたようで、このあと『怖い絵2』、『怖い絵3』、『怖い絵――泣く女篇』とシリーズ化されたほか、同じ著者による『名画の謎』、『残酷な王と悲しみの王妃』など西洋絵画の解説本がコンスタントに出版されている。


『怖い絵』を参考にした、とこの本に書いてはいないが、よく売れた本にあやかるのは、出版社として大切な戦略なので悪いことではないと思う。
ぼくの勘ぐりが当たっているかどうかはともかく、本書『怖いクラシック』の企画意図は「怖〜い作品をクラシック音楽の世界から集めて紹介する」というものだった。


しかし、著者の中川氏は「異色の音楽ガイド」という方針がしっくりこなかった。モーツァルトから始まり、ベートーヴェン、ロマン派、マーラーを経てシェスタコーヴィッチに到達するという時間の流れにそってしか書けない。


そこで、企画を「『怖い』をキーワードとした異端・異色の音楽史」という方向に転換して書き上げたのが本書である。


書き上げてみると、「怖い音楽」は決して異端でも異色でもない。むしろ王道だ! と中川氏は感じた。

明るく楽しい音楽だってたくさんあるし、そういう音楽もすばらしい。癒しの音楽が悪いとは言わない。しかし、それらはクラシック音楽においては、メインストリームではないように思うのだ。

とまで言いきっている。


いや、それは言いすぎでしょ! とツッコミを入れて、内容を見てみよう。


中川氏がはじめに挙げたのはモーツァルトが作曲した「心地よくない音楽」。
オペラ『ドン・ジョバンニ』の序曲では不気味な和音が大きく響きわたり、本編の終盤では亡霊が登場して主人公のジョバンニと恐ろしいバトルをくり広げる。
モーツァルトが父との確執をかかえていたのはよく知られていることなので、これは「父」の怖さを表現しているのではないか、と著者は推測する。


続く第2の恐怖はベートーヴェンが「田園交響曲」で表現した“自然”の怖さ、
第3の恐怖はベルリオーズが「幻想交響曲」で挑んだ“狂気”の怖さ。


以下、ショパンが確立した「死のイメージ」、ヴェルディが完成した「宗教のコンテンツ化」と続き、ショスタコーヴィチが戦った第8の恐怖である“国家権力”の怖さで完結する。


時間の流れに沿って書いているだけでなく、新しい世代は前の世代を乗り越えていく、という音楽の「進化」にしたがっている。


中川氏はショスタコーヴィチ交響曲第十番について、次のように書いている。

 第十番は標題音楽ではない。暗い。最初から最後まで徹頭徹尾、陰鬱だ。絶望の音楽であり、もちろん「怖い音楽」である。
 この音楽から感じられる単語をアトランダムに列記すれば、恐怖、狂気、攻撃的、推進力、冷気、寒気、凄惨、暗黒、緊張、怒濤、深刻……当たり前だが言葉では表現出来ない世界がここにはある。
 きらびやかで華麗で心地よいバロック音楽から三百年の歳月を経て、音楽はここまできてしまったのかという感慨を抱く。


ショスタコーヴィチ交響曲は第五番「革命」と第九番しか知らないぼくには、よく分からない部分もあったが、作曲家の生涯を「怖い音楽」という角度から見るのは新鮮だった。


著者は、まだ「怖い」ネタをたくさん持っているらしい。
『怖いクラシック2』が出版されるかどうかは、この本の売れ行き次第。
クラシック好きの人は応援してね〜。

参考書評

中野京子著『怖い絵』
怖い絵   ぼくの書評はこちら


中野京子著『名画の謎 ギリシャ神話篇』
中野京子と読み解く名画の謎 ギリシャ神話篇   ぼくの書評はこちら