バースト! 人間行動を支配するパターン


著者:アルバート=ラズロ・バラバシ/著 青木薫/監訳 塩原通緒/訳
出版社:NHK出版  2012年7月刊  \2,940(税込)  41226P


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人間の行動はどれだけ予測できるのか、というつかみどころのない問題に取り組んだ学者が、大量のデータと格闘しながら、人間の予測可能性について新しい知見を切り開いていく過程を描いた思考ドキュメントである。


著者のバラバシ氏は1967年にトランシルバニアに生まれ、ハンガリーで育った構造物理学者である。
本書が出版された2012年時点で、ノートルダム大学教授、ノースイースタン大学の教授、同大学複雑ネットワーク研究センター長、ハーヴァード大学医学部講師を務めている。


前著『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』で、「この世の中のすべての事象は相互連結している」という概念を紹介し、注目を集めた。


『新ネットワーク思考』を出版したあと、バラバシ氏が取り組みはじめたのは、ウェブサイトが訪問されるのはどういうことか、ということだ。


当時ハンガリーサバティカル(研究休暇)を過ごしていた彼は、ハンガリー国内の約40%のインターネットアクセス情報を入手して、解析を行った。
その結果、ニュース記事を読む訪問者の半数が36分以内に閲覧しにくる、という推測をしたのだが、その後の測定結果から分かったのは、実際のアクセスが半分に達するまでの時間は約2,100分だった。


予測と測定結果が一致しなかったということは、サイト訪問過程をよく理解できていない、ということだ。
人間がどのように行動しているか、もっともっと理解を深めなければ、予測なんかできない!


どのように打開すればよいか、バラバシ氏は悩んだ。


はたして、人間の行動はランダムなのか?
そもそも、ランダムとはどういうことなのか?


このあと、バラバシ氏は、ポアソン式、ベルカーブ、レビィ飛行など、統計や数学の専門用語を解説しながら、どのように人間行動への理解を深めていったか、考えた過程をなぞってみせてくれる。


彼の思考過程も結論も、ものすごく面白いのだが、今回はネタバレ自粛をやめて、バラバシ氏の結論を紹介させてもらうことにする。


彼の結論は、人間の行動はサイコロを振ったときに起こる均等なランダム性(ポアソン分布)ではなく、もっと複雑なベキ法則にしたがった不規則性を持っている、ということだ。だから、予測に必要なデータを揃えて、ベキ法則にしたがって解析すれば人間の行動はある程度予測できる、というのだ。


では、ベキ法則にしたがった不規則性とは何か?
ベキ法則の分かりやすい例として、電子メールの発信間隔を例にして説明しよう。


もしサイコロを振ったようなランダム性に従って電子メールが発信されるとすると、メールの発信は、間隔の長い、短いは違ったとしても、均等なランダム性が見られるはずだ。


ところが、実際のメール発信は、いきなり短時間に大量のメールを発信したかとおもえば、そのあと長時間にわたって1件も発信されなくなる。
このように、短時間に集中するバースト(爆発)と、ものすごく長い無言時間が存在するのがベキ法則にしたがった不規則性なのである。


この結論に達するまで、バラバシ氏は人間の行動に関する、さまざまなデータを解析し、結論に達してからも、他のデータに当てはめて、この結論が正しいかどうか検証しようとする。


本書で取り上げているのは、
ドル紙幣の行き先をフォローする WhereGeoge.com、
プリンターで何かを出力するときの時間間隔、
大学図書館を利用する学生の訪問間隔、
人が電話をかける間隔、
アインシュタインダーウィンが受け取った手紙に返事を出す間隔、
アホウドリの飛行軌跡、
体重の増えた人が友人の体重増加に与える影響、等々だ。


この、人間の行動予測についての科学的探求に多くのページが割かれている一方で、本書は16世紀にハンガリーで起こった十字軍の反乱事件にも半分のページを割いている。


パラレルワールドを行ったりきたりするように、バラバシ氏の数学的探求と、十字軍が結成されて反乱軍に変わっていくようすが、交互に描かれているのだ。


16世紀のできごとを著者が取り上げたのは、生まれ故郷で起こった歴史的事件という理由のほかに、この事件のなりゆきを予言した人物がいるからだ。


十字軍の参加者募集に応じるのは、信仰の篤い人とはかぎらない。農地にしばり付けられた農奴が、土地から逃げ出すために応募するかもしれない。
十字軍として武装した農民が、貴族に歯向かってくるかもしれない。敵を倒すために与えられた剣をわれわれに向けたらどうするのだ!


そう言って、十字軍の募集に反対した貴族がいたことを歴史は伝えている。


この貴族は、なぜ複雑な人間行動の先の先を見とおすことができたのか。
もしかしたら、人間の行動予測の秘訣を持っていたのではないか、という問いを伏線として、十字軍の物語は少しずつ進んでいく。


人間行動を支配するパターンにはバーストが付きものだ、ということをバラバシ氏が突き止めたころ、十字軍の反乱も佳境に入ってくる。


反乱は成功するのか。
そして、なぜ反乱を予言することができたのか。


驚くべき、その結末とは……。



自然界の動作原理や、人間の行動をつらぬく法則を追いもとめる行為には、人を引きつける魅力がある。
かたや、歴史物語には、人間の運命のはかなさ、人の欲望のむなしさを考えさせる魅力がある。


この2つの魅力を同時に味あわせてくれる書物には、めったに出会えない。
僕の記憶にあるのは、『解読!アルキメデス写本 羊皮紙から甦った天才数学者』と、『ゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環』くらいだ。


理系あたまと文系あたまの両方を同時に満足させながら、なぞ解きをすすめる本書は、長さを感じさせない。


400ページをアッというまに――それこそバースト! で読み通してしまうことを保証する。