校閲ガール


著者:宮木 あや子  出版社:KADOKAWA  2014年3月刊  \1,296(税込)  222P


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僕は本のレビューを書くまえに、気になる個所、感動した個所をパソコンに書き写す(キーボードで打ち込む)作業をしている。
書き写しをはじめた理由は、図書館に本を返してしまうと手許に何も残らなくなるからだ。その後、「文章の練習になる」と勧める文章術に出会い、今もつづけている。


書き写しをしていると、ときどき誤字脱字が見つかる。
印刷する前に何度もチェックしているはずなのに、それでも間違ってしまうことが面白く、書き写したあとに「(ママ)」と書き加えて記録している。


たとえば、次のような間違いが本の中に残っていた。

  我慢や強調を(ママ)強いる
  メールの質の多くは時間的な速さ(ママ)で決まります
  残る部下たちに類が及ば(ママ)ないよう
  女手ひとり(ママ)で子供を育てながら
  対処療法(ママ)としての市販薬
  様態が急変(ママ)しました


それぞれ、次のように書くのが正しい。

「我慢や強調」   → 「我慢や協調」
「時間的な速さ」  → (メールの質なので)「時間的な早さ」
「類が及ぶ」    → 「累が及ぶ」
「女手ひとりで」  → 「女手一つで」
「対処療法」    → 「対症療法」
「様態が急変」   → 「容体が急変」


立派な内容の本であればあるほど、こういう間違いは恥ずかしい。こんなことが起こらないよう、出版社のメンツにかけて間違いを直すのが「校閲」の仕事だ。


長い前ふりになってしまったが(笑)、今回取りあげるのは、出版社の校閲部を舞台にした小説、『校閲ガール』である。


物語の主人公は、紀尾井町にある景凡社という出版社に勤める入社2年目の女性社員である。(会社名は「平凡社」を連想させるし、紀尾井町にある出版社といえば文藝春秋社に決まっているが、あくまで架空の出版社)


小学校のころから景凡社の雑誌を読んで育ち、「ぜったい景凡社のファッション雑誌の編集者になる!」と決めて、難関を突破して就職を勝ち取った。


なのに、配属されたのは校閲部。
どうやら、彼女の名前が河野悦子(こうのえつこ)なので、「名前が校閲っぽい」というだけで配属先を決められてしまったらしい。


こんなはずじゃなかった……、とふてくされていた悦子を、エリンゴに似ている部長が「成果を出せば希望の部署に転属することもできる」となぐさめてくれた。
気を取りなおして校閲に取り組む悦子のまわりで、つぎつぎと事件が起こる。ひとつ片付いたと思ったらまたひとつ、と事件がつづき、悦子の活躍で事件は解決していく。


事件のおかげでお近づきになれたイケメン作家と約束した初デートの日、またまた事件に巻き込まれながら、悦子は突然啓示を受ける。


「……あっ」と思わず声をもらした悦子が受けた啓示とは……。


校閲」というタイトルが気になって手にした僕としては、主人公の仕事ぶりを通じて校閲の仕事内容を解説してくれるのが嬉しかった。出版にたずさわる業界人にしか役に立たない内容かもしれないが、誤字・脱字マニアとしては、満足度が高かった。


ストーリーのネタばらしは差し控えるが、事件がつぎつぎと起こるところがマンガっぽいし、主人公のハチャメチャな物言いもマンガ的で分かりやすい。


校閲の仕事をしている女の子というと地味ーーな性格を想像してしまうが、悦子はウジウジした女の子ではない。同僚と口げんかするときも、ポンポンと言い返す。


たとえば、2つ年上の編集者から悦子がゆとり世代であることを非難されたときの応答は、次のように激しい。

「おまえ……筋金入りのゆとりだな」
「はぁ? 私たちゆとりは国政の被害者なんですけど? あんただって二年遅く生まれてたらゆとりだったんだよ、たかが二年で偉そうにすんな」
「なんでもかんでも国のせい人のせいにして被害者ヅラすんじゃねえよ、これだからゆとりは」
「普段はゆとりだってこんなこと言いませんし、あんたみたいな薄っぺらい大人に被害者ヅラすんなとか言われないように仕事はきちんとしてますー。てめえこそ少しは原稿に目通してからこっち回してこいよ。詰め込み教育受けてるくせに赤と鉛筆多すぎんだよこの無能」


かと思えば、同じ先輩に夕食に誘われたとき、

「あんたたち編集者が食べに行くような上等な飯屋で支払えるほどのお金がございませんのワタクシ」
「奢ってやるよ」
「やだもう貝塚さんたら太っ腹!」


と、見え見えの愛想を振りまいている。


校閲の仕事内容のほかに、もうひとつ、著者のマニアックな知識が思いっきりあふれていたのがファッションの描写だ。


「ボーダーシャツの上に、ネイビーのバックボタンのプルオーバー、ふわふわしたチュールレースのロングスカート、足元はあえて外してエンジニアブーツ」なんて描写されても、何がなんだかまったく分からず。


あらためて表紙カバーのイラストを見ると、ミニスカートの女の子の周りに「☆」がキラキラしてる。こりゃ、オジさんが読んじゃいけない小説だったのかなぁ……。


じゃ、表紙カバー外しちゃえ! とカバーを外してみたら、あ〜らビックリ! ゲラ(見本の印刷、校正刷り)が印刷してある。ところどころ朱書きで修正指示が書き込まれていて、「初校」「要再校」「文字校正紙」というゴム印が本物らしさを醸し出している。


カバーを外す人などめったにいないというのに、誰も見ない部分を2色で印刷するなんて、服の裏地でオシャレする京都人みたい。
凝ってるね〜。