コリーニ事件


著者:フェルディナント・フォン・シーラッハ/著 酒寄進一/訳  出版社:東京創元社  2013年4月刊  \1,680(税込)  203P


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2011年にドイツで出版され、ドイツ社会に波紋を投げかけた小説である。


ブランデンブルク門の近くにある高級ホテルのスイートルームで、殺人事件が発生した。


殺されたのはドイツ経済界の重鎮ハンス・マイヤー85歳。
犯人は新聞記者を装ってスイートルームを訪ね、4発の弾丸を後頭部に向けて発射した。


絶命したマイヤーの顔を、犯人は靴のかかとで何度も何度も踏みつけた。靴のかかとが外れるまで踏みつづけた行為は、犯人が深くマイヤーを憎んでいることを示していた。


犯人の名はファブリツィオ・コリーニ。ドイツでもう35年も暮らしている67歳のイタリア人で、元自動車組立工である。


コリーニはエレベーターで1階のロビーに行き、フロント係に警察を呼ぶように言った。
現場から逃げようとせず、逮捕されるがままにまかせたのだ。


駆けだし弁護士のライネンは、刑事弁護士会の週末当番で待機しているところを呼びだされ、最初の審議に立ち会うことになった。
殺人の事実は動かしようもなく、弁護しても有罪が決まっている案件に見えた。裁判で負けることは弁護士のキャリアにとって望ましいことではないのだが、ライネンは国選弁護人を引き受けることにした。


ライネンは、ずっと前から刑事弁護人になりたいと思っていたからだ。


ところが、弁護のために詳しい事情をコリーニに尋ねても、「おれはなにも話したくない」と、答えてくれない。
経済界の重鎮とイタリア人の元自動車組立工に接点は見当たらず、コリーニがなぜ殺人を犯したのか、動機が分からない。


このまま動機不明のまま裁判に負けてしまうのかと思われたとき、ライネンはふとしたヒントに気づき、とある役所で膨大な資料を漁りはじめる。


公判でライネンが明かしたコリーニの動機とは何か。
そして裁判のゆくえは……。



著者のフェルディナント・フォン・シーラッハは、1964年ミュンヘン生まれ。ボン大学で法学を専攻し、1994年から刑事事件専門の弁護士として活動している。
現役の刑事弁護士のかたわら発表した短編集『犯罪』がドイツでクライスト賞を受賞し、日本でも2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位を受賞した。
本書は2010年の短編集『罪悪』につぐ3冊目の著作で、初の長篇である。


本書の後半に展開される法廷でのやりとりは、法廷小説の醍醐味を味合わせてくれる。


コリーニが殺人を犯したことは明白で、あとは情状酌量を訴えるくらいしか手はなさそうに見えたのに、ライネン弁護士は、思いもかけない加害者と被害者の接点を見つけ出し、裁判長に訴える。


それでも被害者側の控訴参加代理人(検事役)が新しい証人を申請し、審理を有利に進めるかに見えたが、ライネン弁護士がその証人への弁護人質問をすることによって、もう一度裁判の流れをひっくり返す。



しかし、本書の真価は、法廷小説としての面白さではない。


小説の上の架空の殺人ではあるが、コリーニの殺人の動機が、とある法律の欠陥に抗議するためだったからだ。


本書の出版がきっかけで、この法律の欠陥を再検討する動きがドイツ政府ではじまった。


小説が政治を動かしたのだ。


ネタばらし自粛のため、思わせぶりな紹介になってしまったが、深い読後感の残る小説であることを保証する。