それでもボクはやってない


副題:日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!
著者:周防正行  出版社:幻冬舎  2007年1月刊  \1,470(税込)  319P


それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!    購入する際は、こちらから


Shall we ダンス?」や「シコふんじゃった。」の監督で知られる周防氏の10年ぶりの映画「それでもボクはやってない」のシナリオを題材にして、日本の刑事裁判の問題点を浮き彫りにする内容です。


本書はシンプルに三つの章で構成されています。
最初に「それでもボクはやってない」のシナリオを掲載したあと、第2章に編集でカットしたシーンの内容を示し、なぜカットしたか解説を加えます。最後の章では、この映画製作のきっかけを与えてくれた元裁判官の木谷明氏と丸一日かけて対談した内容――周防監督が提示した日本の刑事裁判の問題点について木谷氏がどのように答えたか――を公開しています。


周防氏は、刑事裁判について調べているうちに、理不尽な裁判の実態を知ってしまいました。
「疑わしきは罰せず」でなければならないはずの刑事裁判が、実際には官僚組織の弊害にさらされて、裁判官が無罪判決を出しにくい仕組みが作られている。有罪率が99%という数字に象徴されるように、“推定無罪”は形骸化し、裁判所は冤罪を作り上げる温床になっている、というのが周防監督の実感でした。


この現状に対する怒りから、周防氏は感動的な逆転無罪ドラマではなく、この奇妙な裁判の姿を多くの人に知ってもらう映画を作ることを決意します。しかも、いかにも社会正義を訴えるトーンではなく、きちんと商業ベースに乗るエンターテインメント映画を目指しました。


映画は、主人公の青年が通勤電車で痴漢と間違われて駅の事務室に連れて行かれるところからはじまります。
駅の事務室で何も聞いてくれず、警察官に引き渡されて警察署で取り調べられます。「ボクはやってない」という主張を警察も聞いてくれず、手錠を掛けられ留置所に入れらる主人公。当番弁護士に、やっていなくても素直に認めて示談にしたほうがいい、と言われますが、青年には納得できません。
しかし、「やってもいないことを、なぜ認めなければならないのか」という思いは、検察官にも裁判官にも通じません。担当してくれた女性弁護士(映画では瀬戸朝香が演じている)も、半信半疑。
最終的に下された判決は……。


裁判所が抱える問題提起を主題にした周防氏ですが、本書でも語っているように、この映画で取り上げた「痴漢」という犯罪は、冤罪を作りやすい構図を持っています。


かつて、痴漢の被害者が裁判の場で屈辱的な質問をされたりプライバシーを暴露されるという問題がクローズアップされ、セカンドレイプと呼ばれました。女性に不利な裁判上の問題点がマスコミでもクローズアップされた結果、被害者のプライバシー保護のために証言台を囲ったり別室で証言できる制度が生まれました。
検察官も、被害者の話に矛盾点やブレがなければ、被疑者の供述に関係なくまず起訴するようになり、裁判官も被害者の証言に重点をおく流れになっているそうです。
警察の立場から見ても、痴漢は被害者が自分で犯人を連れてきてくれるので、楽な事件です。他の事件のように「警察が捜査して事件性を証明して逮捕状を取る」というめんどうな手続きが不要。検察へ送りやすく、検挙率アップにもつながるのです。


こうして、「疑わしきは罰せず」どころか、
  「十人の真犯人を逃すよりは、一人くらい無実の人を捕まえてもよい」
という、誰も被告人の言うことを聞いてくれない仕組みができあがります。


こんな裁判制度を放置するということは、自分が「その一人」になってもしかたがない、と認めることに通じます。


放っておけない! という、周防監督自身の強い使命感が伝わってくる一書でした。