戦略おべっか


著者:ホイチョイ・プロダクションズ  出版社:講談社  2012年7月刊  \1,000(税込)  127P


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信長や秀吉のような能力の高い人間は、やるべきことが多くて忙しい。忙しいゆえに、すぐに自分の助けとなる即効性のあるサービスを常に必要としている。つまり、有能な人間は、「即効性のあるサービス」、言い換えれば「露骨なおべっか」に弱い。


だ・か・ら! 「露骨なおべっか」=「戦略おべっか」を使いこなせるようになろう!


これが、本書の主題である。


なんともはや、人間としての慎みも奥ゆかしさが感じられない。身も蓋もない、殺伐とした主題である。


こんな本を書くのは、血も涙もないガリガリ亡者に違いない、と思うかもしれないが、著者はあの「ホイチョイ・プロダクションズ」である。
ホイチョイ・プロダクションズといえば、1983年に出版した『見栄講座 ―ミーハーのための戦略と展開―』や、1994年に出した『東京いい店やれる店』がベストセラーになったほか、1987年に映画『私をスキーに連れてって』をヒットさせるなど、やわらか路線を追究しているクリエイター集団だ。


じゃ、「露骨なおべっか」をあざ笑う本かというと、そうとも言えない。本書の事実上の著者である馬場康夫氏(株式会社ホイチョイ・プロダクション代表取締役社長)は、本気で「戦略おべっか」の大切さを信じているらしいのだ。


なぜ馬場氏は「戦略おべっか」を重要と思うのか。
少し長めの「はじめに」には、馬場氏がある電機メーカー宣伝部に勤めていたころの、次のような体験が書かれている。


馬場氏の職場には、広告の仕事をとるために広告代理店の営業担当者が頻繁に出入りしていた。
最大手である電通の営業は、「お茶でも、どうです?」と部長や部長代理を近所の喫茶店に誘っていくが、当時の馬場氏のように20代前半のペーペーは誘ってくれない。一方で、業界2番手の博報堂の営業は、一途というのか愚直というのか、自分たち若手も誘ってくれる。


本来ならアイディア勝負の競合プレゼンで、たいしたアイディアも出さずに電通が仕事を受注していくのを見て、馬場氏は「電通が日ごろ部長たちにおべっかや付け届けをしているからだ」と感じた。広告は、おべっかで決めるべきではなく、クリエイティブ力やプランニング力で決めるべき、と考えていたので、馬場氏は電通をきらい博報堂を心のなかで応援していた。


しかし、入社して4〜5年たつと、電通の仕事のしかたを見なおすようになり、さらに4〜5年経ったころ、電通の「おべっか」は立派なクリエイティブなのではないか、とリスペクトさえするようになったという。


さらに後年、2007年に『「エンタメ」の夜明け』を出版する際、ディズニーランド招致のいきさつを詳しく取材した折りに、電通式仕事術の源流を見た。
電通OBでオリエンタルランド元常務の堀貞一郎氏と知り合い、ディズニーランドの話だけでなく、小谷正一、吉田秀雄という伝説の電通マンのエピソードを知ったのだ。


3人のエピソードは、いずれも、「その手があったか」と感心させられる心くばりばかりだが、ひとつだけ、小谷正一氏の「おべっか」を紹介しておこう。


1955年のこと。小谷氏は、フランスからパントマイムの第一人者マルセル・マルソーを招致して公演を行った。このとき、夫に同伴して来日したマルソー夫人のお世話役として、小谷氏は部下を付き添わせた。その付き添い役の部下に、小谷氏は次のように命じた。

「女性がショッピングするとき、二つの商品を手にして、どちらを買おうか迷うときが必ずある。マルソー夫人が迷って買わなかった方の物が何だったか、全部記録してこい」


部下の報告を聞いた小谷氏は、夫人が迷って買わなかった商品を用意させ、マルソー夫妻が羽田を発つとき、大きな箱に入れてプレゼントした。
最後まで迷ったのだから、気に入った証拠である。なかには、あちらを買えばよかった、と後悔したものもあるに違いない。それを全部買いもとめて夫人に贈ったのだ。


マルソー夫人は大喜びし、その様子を見ていたマルソーは、「コタニの招きなら、いつでも日本に来る」と言い残して日本を去ったという。


馬場氏は、堀貞一郎氏や吉田秀雄氏についても、“感動的”と言っても過言ではないエピソードを紹介し、3人の天才的な「おべっか」のノウハウが、電通のなかに営々と受け継がれていることに言及する。


電通的なるもの」に嫌悪と尊敬の入り交じった気持ちをかかえていた馬場氏は、『「エンタメ」の夜明け』を出版することで腑に落ちるものがあり、それからは、ことあるごとに「何か上から教わった営業のノウハウってない?」と電通の営業に訊くようになった。


本書の本文には、馬場氏が集めた36個の“戦略おべっか”がわずか72ページに凝縮して書かれている。決してパロディではなく、大まじめに“おべっか”という気くばりを身につけることを勧める内容である。


「珠玉」というとオーバーかもしれないが、36個の中から、特に印象に残った2つを紹介する。



その1。
見送りはタクシーが角を曲がるまでおじぎをつづける。


タクシーに乗ったお客さまを見送るとき、深々とおじぎをしつづけるのが大切だと教えられた人は多いことだろう。
しかし、電通の“戦略的”おじぎは、ひと味違う。


営業の努力をシビアに見ているお客さまほど、タクシーが角を曲がるときに必ずふり返る。まだおじぎを続けているかどうか確かめるのだ。
電通マンは、「だから、途中は顔を上げていてもいいから、曲がり際だけは絶対におじぎをしていろ」と先輩から教わる、という。


「ずーーっと頭を下げていろ!」などと、シンドイことは言わない。
「途中は顔を上げていてもいいから」と、手ぬきを許したうえで、「曲がり際だけは絶対におじぎをしていろ」と勘どころを後輩に伝えていくのだ。



その2。
書類に上司と並んでハンコを押すときは、上司より下に斜めに傾けてつく。


昔からの日本の習慣では、目下の人間は、目上の人間より高い位置に立たない。上司と並んでハンコを押すときも、必ず一段下げるべきである。
もうひとつ、ハンコは上司の側に少し傾けて押すといい。そうすれば、自分のハンコがへりくだって上司のハンコにお辞儀をしているように見えて、感じがいい。


最後に、極めつけのひと言が付け加えられている。

え、何? いくら何でもそれは冗談だろう、だって? とんでもない。大マジである。

参考書評


馬場康夫著『「エンタメ」の夜明け』書評 ………… 2009年6月25日の読書ノート