ケータイの未来


著者:夏野 剛  出版社:ダイヤモンド社  2006年11月刊  \1,890(税込)  253P


ケータイの未来


ドコモの携帯電話インターネット機能「iモード」を立ち上げるとき、松永真理さんと同時期に社外から招かれたのが夏野剛さんでした。
iモード立ち上げに成功したあと、松永真理さんはドコモを去りますが、夏野さんはそのまま会社に残り、今や株式会社NTTドコモ執行役員となり、会社の舵取りの一端を担う立場になりました。


会社に残っているからといって、かつてのチャレンジ精神を忘れたわけではありません。通信業界にいながら業界を客観的に見るという、異端児的な発想をむしろ武器にして、新しいサービスの立ち上げ、飛躍を目指しています。
本書には、そんな著者が目指すケータイの近未来戦略と、遠い未来の予言が両方収められています。


では、iモードしかけ人がそうそうたるクリエータを率いて立ち上げる新サービスとは、いったい何でしょうか。
本書の完成に3年もかけているうちに、実は、新サービスはもうスタートしてしまいました。


答は、おサイフケータイです。


利用者としても便利になる、この新しい機能のために、NTTドコモは今まで手をつけていなかったクレジット・カード事業に参入する決断をしました。
著者の分析では、欧米に比べると日本のクレジット・カード利用率は低く、これから成長する余地がある。とのことです。
このおサイフケータイを普及させるための様々な工夫が、本書で明かされています。


まず、サービス名称やロゴのブランディングを、若手アートディレクタの水野学氏に依頼しました。2003年JAGDA新人賞を受賞したという水野氏の作品を、著者は、
  「シンプルかつメッセージ性が強く、洗練されている」
と評価しています。
期待に違わず、水野氏は、著者の満足するDCMXのロゴをデザインしてくれました。


決済端末(リーダー/ライタ)の外形デザインは、JR東日本のsuica対応自動改札機を担当した工業デザイナーの山中俊治氏に依頼。さらに、リーダー/ライターが発する音(決済が完了した音、うまくいかなかったときの音、待たせている時の音等)を環境音楽の作曲家である小久保隆氏に依頼しました。


新しいサービス端末は「単に機能を果たせばいい」というレベルでは普及していかない、という認識の著者は、「そこまでするの?」というくらいこだわるのです。


もう一つの、ケータイの遠い未来の予言は、2020年のあるサラリーマンの一日を追うという小説形式で表現してありました。


意外にも、著者はケータイが人間の基本的なライフスタイルを変えるとは考えておらず、端末のハードウェアは進化するかもしれないが、携帯電話機の根本機能自体はそう変わらない、と見ています。


本書は、NTTドコモの執行役員が今後の戦略を明かした本ですので、マーケティングブランディング戦略を考える人には、きっと参考になる内容だと思います。


でも、私はケータイ業界ともマーケティング業界とも関係ありません。本書の半分は猫に小判でしたが、私がとても興味深く感じたのは、夏野氏が読者を納得させる方法です。
何しろ、iモードが海のものとも山のものとも分からない時期に、あのお堅い銀行関係者を納得させ、iモードスタート時のケータイバンキングの協力を取り付けた夏野氏です。その後、銀行が参加するなら……、とケータイ用サイトを開設してくれる企業が続出したのが、iモード成功の一因になりました。
正確には覚えていませんが、『iモード事件』(松永真理著)の中に、夏野氏と一緒に銀行関係者と打ち合わせた若手社員が、
  「夏野さんが話すると、催眠術にかかったように相手がウンという」
と報告する場面がありました。


本書も論旨に無駄がないだけでなく、ある時は数字を用い、ある時は感情に訴える内容で、読んでいると著者といっしょに通信業界の閉鎖性に憤慨している自分に気づいたりしました。


あれ? 知らないうちに、夏野さんガンバレって応援してるなあ。
私はウィルコム利用者で、カミさんはauなんだけどなあ。


説得されていると気づく前に納得していた。
本書を読んで、そんな体験をお楽しみください。