自分を立てなおす対話


著者:加藤 雅則  出版社:日本経済新聞出版社  2011年6月刊  \1,785(税込)  237P


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一会社員として仕事をしていると、理不尽な仕打ちを受けて気持ちが沈んでしまうことがある。
上層部の意思決定がおかしい、組織のしくみが変だ、人事異動に納得できない、等々。


そして、
  「どうして自分だけが……」、
  「あんなに頑張ったのに……」
とネガティブ思考してしまったり、
  「どうせ自分なんて……」、
  「もういいよ……」
と投げやりになってしまうほど孤独感を感じるケースも出てくる。


心に鬱屈を抱えたままでは本人にも会社にも良くないから、対策として、カウンセリングやコーチングに力を入れる会社も増えてきた。


著者の加藤氏は、まだ日本によく知られていなかった頃からコーチングの普及活動を行なってきた一人なので、コーチングの有効性は良く分かっている。
しかし、長年コーチングに従事してきて実感しているのは、「人の話を傾聴するというコーチングの基本を身につけるには時間がかかる」ということだ。いろいろな会社の人事部から依頼を受けて、コーチング普及活動をしてきたが、短時間でコーチを育成するのは難しいという。


それなのに、コーチングのスキルや手法を学べば人をコントロールできるかのような印象を持つ人が増え、安易な形でコーチングが普及してしまった。


こんな安直なコーチングではなく、本当のコーチング的な対話をするにはどうすればよいのか、と考え続け、とうとう加藤氏は自分なりの答えを得ることができた。


それは、「問題を解決する」のではなく、「問題をほぐす」ことを重視する対話方法である。




加藤氏は言う。

  • 理不尽な問題の原因を追及しすぎると、足が止まってしまいます。
  • 組織の不合理や理不尽さにやられてしまっている自分を否定しないことです。
  • また無理にポジティブシンキングになるのも、要注意です。
  • 組織の中の不合理な問題、不条理な問題に問題解決思考を適用すると、問題が複雑になってしまう場合があります。
  • 「他人と過去は変えられない」。これはコーチングの大原則です。


問題を解決することは目指さずに、むしろ問題をほぐすために対話する。
職場で慣れ親しんだコミュニケーションの目的を、あえて変えてみることから加藤氏の対話はスタートするのだが、実際に対話をする際には、互いに響き合うためのルール設定が必要だという。


話を聴くスタイルには、人それぞれの癖があり、他人の話を聴いていると、どうしても解決策を提示したくなる人、問題を正確に理解したくなる人、結論を急ぎたくなる人等、「問題をほぐす」には不向きのスタイルを持っている人が多いからだ。


通常の議論の場では、
  YES BUT(なるほど、でもさぁ……)
が多く、中には、
  NO AND(そうじゃなくて、だからさぁ……)
という強気で押しまくる人もいる。


しかし、「問題をほぐす」ためには、
  YES AND(へぇ〜、そうなんだぁ。それで?)
が大切だという。



対話のコツを示したあと、実際に企業で行なったワークショップの事例を再現しているのだが、これが結構ナマナマしい。

  • 女性管理職に任命されたはいいものの、部下の男性社員に反発され、女性同僚の嫉妬を受け、孤立している新任女性管理職の悩み。
  • 生徒の父親が事業に失敗し、授業料を長期滞納したため退学処分にせざるを得ない教員の苦悩。
  • 企業合併したあとのギスギスした空気のなかで、言いたいことを言って左遷されたと感じている相談者のわだかまり
  • 頼りにしていた部下がうつになって休職してしまったことにショックを受け、自分の仕事の仕方に原因があるのではないかと罪悪感にさいなまれる管理職。


それぞれ、深刻な問題ばかりだが、加藤氏は独自のワークショップを通じて、これらの難しい問題をほぐし、当事者が「自分を立てなおす」きっかけを作っていく。


魔法のような解決策を提示したのではない。問題に立ち向かわず、問題をほぐしているうちに、当事者の心の奥深くから生じてくるものがあるのだ。


人の話を傾聴することは難しい。まして、対話を通して相手の認識や行動が変わる、もしくは変えていくのは、不可能に近い。
デール・カーネギーも『人を動かす』のなかで、次のように言っている。

わたしは残念ながら、四十近くになってやっと、人間はたとえ自分がどんなに間違っていても決して自分が悪いとは思いたがらないものだということがわかりかけてきた。

他人のあら探しは、なんの役にも立たない。相手は、すぐさま防御体制をしいて、なんとか自分を正当化しようとするだろう。


本書の加藤氏の口調は控えめなのだが、対話を通して相手の認識や行動を変えていくことは可能だ、と言っている。


しかも、加藤氏が会得したやり方を、他の人も実践できるように一般的手法として提示している。


騙されたと思って、本書の事例を覗いてみることをお勧めする。