コンサートホールへようこそ


著者:臼澤 裕二  出版社:毎日ワンズ  2010年3月刊  \1,470(税込)  197P


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よい音楽を作り出すのはよい演奏者とよい観客、といわれる。
もうひとつ、よい音楽のためには良いコンサートホールが必要だ。


本書は、2006年まで12年間にわたって東京銀座のヤマハホール支配人を務めた著者の臼澤裕二(うすざわゆうじ)氏が、コンサートホール運営者の立場からホール管理のあれこれを解説した一書である。


古代ギリシアの野外円形劇場から舞台芸術の歴史を説きおこし、劇場・ホールの種類、舞台用語、音響効果、照明、スタッフ、安全など、劇場やホールのマネジメントについてひととおり網羅して解説している。


ホール関係者だけでなく、コンサートによく足を運ぶ人には、会場についての薀蓄や楽しみを増やしてくれる内容にしあがっている。


管理者としての経験があちこちにちりばめられているので、飽きずに読むことができるが、特に印象に残った良い話と、イヤな話をひとつずつ紹介させていただく。


はじめに、イヤな話から。


著者がレセプショニストのチーフをしていたときのこと。
(レセプショニストとは、ホールの入口でチケットのチェックをしたり、席の案内をしたりする、表方のフロントスタッフのことを指す)


あるアルバイト女性が急に辞めてしまったのだが、著者が辞めさせたという噂が立ってしまった。周りから厳しい目で見られ、信頼を回復するまでに時間がかかったのだが、しばらくして、事の真相が判明した。
著者の上司がその女性の働きぶりに不満を持って辞めさせたのだが、自分で直接指示したと思われるのをいやがり、著者が解雇を進言したことにしたというのだ。


どの職場にも、いやな役回りを他人に押しつける人間がいるが、芸術を支える職場も例外ではないようだ。


もうひとつ、イイ話を。


シャンソン歌手で大ベテランの高英男という人が淡谷のり子とのコンサートを行ったときのこと。
コンサート当日は雪になってしまい、おまけに淡谷のり子が体調を崩して欠席してしまう。2大スターの競演というふれこみだったのに、1人だけになってしまったのだから、関係者は頭を抱えた。


しかし、シャンソン界の大御所・石井好子が急きょ助っ人として登場してくれ、ぶじコンサートを開くことができた。
観客をさらに喜ばせたのは、会場に来ていた永六輔がマイクを取り、アダモの「雪が降る」の替え歌を歌ったことだった。


「雪は降る、のり子は来ない。雪は降る、好子は来た〜」


客席は大いに沸き、やんやの喝采を送ったことは言うまでもない。


ホールを愛する著者の気持ちが伝わってくる一冊だった。