著者:朽木 ゆり子 出版社:集英社新書 2006年9月刊 \1,050(税込) 250P
ひとつの映画を見ることが、未知の芸術家を知るきっかけになることがあります。
『愛と哀しみのボレロ』というフランス映画を1981年に見て、すっかり「ボレロ」の踊りのファンになった私は、ベジャール振り付けのバレエ公演を見つけると、必ず見にいくようになりました。
「ボレロ」の他、「春の祭典」やベートーベンの第九に振付けしたバレエも、カミさんといっしょに行ったものです。(娘が生まれる前でした)
また、見逃した映画でも、未知の芸術家を知るきっかけになることがあります。
フェルメールの絵を題材にした『真珠の耳飾りの少女』というイギリス映画が2003年に公開され、見たいと思いました。休日のパパ業で忙しく、映画やコンサートと縁遠くなった私は、残念ながらこの映画を見られませんでした。しかし、「フェルメール」という画家の名前と、不思議な魅力を持った絵の構図が印象に残りました。
ですから、題名に「フェルメール」を冠した本書は、新聞広告の中でもすぐ目に付きました。
しかも「全点踏破の旅」ですよ。
「私を読みなさい」と叫んでいるようなものです。すぐに図書館に予約したことは言うまでもありません。
「フェルメール」を知らない人のために少しだけ解説すると、彼は17世紀オランダの画家で、日本でもゴッホと並ぶ人気を持っているそうです。
本書は、タイトルから想像する通り、フェルメールの作品全部を観賞しようと旅に出た著者が、行く先々の美術館で感じたことを綴った旅行記であり、美術エッセイです。新書版でサイズは小さいですが、フェルメールの全作品のカラー写真も載っています。
フェルメールは、宗教画が少なく、キリスト教の素養のない日本人にも理解しやすい作品が多い、とのことです。
美術館をひとつずつ訪れながら、著者は、他にもフェルメールの特長を解説してくれます。
少年といっても少女といっても通用する顔を描き、男性のようにも見え
るし女性のようにも見える人物を描く。
時代設定を現代に置き換えても、十分に通用する。こういった設定のと
きに、フェルメールは最大の強さを発揮する。
見ているだけで絵の中の不安や失望などが伝わってきて、私たちも、絵
の前でしばし現実から遠ざかってもの思いに耽る。
信仰の種類が何であろうと、何か自分よりずっとレベルの高い存在を認
め、それに対して技術を尽くして捧げるように作った芸術品には存在と
しての強さがあるということだ。そしてその強さと深さは、時代を超え、
宗教を超えて、見る人の心を揺さぶる。それが、フェルメールの美が、
これほどまで多くの人に支持される理由なのだ。
期待に違わず、フェルメールをよく知らない私にも、彼の作品のなりたちや魅力の一端が分かったような気にさせてくれる一書でした。
彼が残した作品は、全部で37枚現存していると言われています。
本書の旅で、著者はそのうち33枚と出会いました。別の機会に3枚見ていますから、残されたのは「合奏」という作品だけです。
しかし、この絵は1990年に盗まれてしまい、その後、出てきていません。
著者が本当に全点踏破する日は、やってくるのでしょうか。