副題:能力主義でも成果主義でもない超アナログ組織論
2005年7月刊 著者:松井 道夫 出版社:日本実業出版社 \1,575(税込) 237P
7月に日経ビジネス主催の「e-Japanサミット2005」という行事が開催され、7月20日の目玉企画として養老孟司氏、松井道夫氏の講演会がありました。
有名人見たさに私も参加。養老孟司さんの講演もまあ面白かったのですが、松井道夫さんの講演は驚きでしたね。本人が計算しているのか、それとも自然体なのか、悪ぶったような話し方をします。全ての語尾に「ケッ!」という余韻が着いているのです。こんな人といっしょに仕事したくない、と思いました。5千人収容の東京国際フォーラムAホールいっぱいの参加者も、きっと嫌な思いをしたのではないでしょうか。
ところが、話しの内容は驚くことばかり。
本が出たばかり、というので手に取ったのが本書です。
中を読んでみると、講演の内容と同じ内容が7割くらいありました。不思議なことに、文章には「ケッ!」という余韻はなく、現状を常に否定しながら将来のビジネスモデルを真剣に模索している、という印象になるのです。
「文は人なり」と言いますから、本当は著者は「いい人」なのかもしれません。でも、「いい人」では会社の舵を取れないのでしょう。心を鬼にして厳しい社長を演じている孤独な人、という気もします。
8月17日の藤田晋氏「渋谷ではたらく社長のblog」にも、
「旅先でご一緒させて頂いた松井証券の松井社長の新刊を買いました」
「松井社長の話は面白い。昨日も勉強させて頂きました」
とありました。
松井証券というのは、インターネット証券業界で急成長し、個人取引分野では野村證券を上回る業績を上げている話題の会社です。
本書には、業界でブービーだった松井証券をここまで成長させてきた実績を背景に、社長自身がそのユニークな経営哲学、人事施策、これからのビジネスのあり方を語っています。松井氏はふつうの会社人間からすると驚天動地の発想をしており、ビジネス本なのにココロにショックを受ける本です。
松井証券は大正7年創業で歴史のある証券会社です。著者は3代目社長の娘婿でしたが、結婚当初は後継ぎをする気がありませんでした。自ら天邪鬼という著者は、自分に後継ぎの話をしようとしない義父に頭を下げ、「継がせてください」と言ったそうです。義父は言いました。「おやんなさい。でもつまんないよ」。
義父の言葉を見返すように、著者は次々と経営革新の策を断行していきます。大きな転機になったのは、外交セールスをやめてコールセンター中心の営業に舵を切った時でした。ベテランセールスマンは、「こんな社長に付いて行けるか!」と次々と会社を去りますが、著者の賭けは成功しました。
対面セールスという一種効率の悪い営業を止めて退路を断った松井証券は、インターネットブームの先頭を切ることによって、売上高・経常利益をグングン伸ばします。4代目社長になった頃、年間売上高は1000億円でしたが、今の松井証券なら1日で売上てしまいます。160人の会社で年間売上高360億円以上、経常利益率62%という驚異的な業績の会社に変貌しました。
そんな著者が社員に言っているのは、「どうか頑張らないでください。頑張らないでも儲かる仕組みを頑張って考えて下さい」「給料をもらって働くのではなく、働いて給料をもらう、と発想を変えて下さい」ということです。
社員の給与体系もガラッと変えました。退職金をやめて、相当分を今もらえる給与に加算。企業年金をやめ、「株屋なんだから」と自分で運用してもらう。
なんといってもインパクトのあるのは、ボーナスなしの完全年俸制。しかも給与査定は能力主義でも成果主義でもなく実力主義。人を総合的に評価すると好き嫌いの要素を撲滅することはできないのだから、“実力主義”とは、言い換えれば「好き嫌いで人事」ということです。
著者は社長業なんかいつまでも続ける気はありません。経営判断を誤ったら、いつでも辞める覚悟もあります。本書に具体的数値は書いていませんが、講演では「現在30%のROI(投資収益率。投資した資本に対して得られる利益の割合)が10%を切ったら辞める」と断言していました。
著者のいう激動の時代に会社を経営していくことがどんなに大変なことか。その厳しさと今後も成功し続ける気迫と自信が伝わってくる一書でした。