やんごとなき読者


著者:アラン・ベネット/著 市川恵里/訳
出版社:白水社  2009年3月刊  \1,995(税込)  169P


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ちょっとおしゃれなイギリスの小説に出会った。


主人公は、現女王のエリザベス二世。
チャールズ皇太子や元皇太子妃ダイアナのスキャンダルが騒がれるなかでも、エリザベス女王は、上品に、優雅に公務を全うしている、らしい。


国民からも信頼と尊敬を得ているエリザベス女王が、なんと! 読書にハマってしまった。
本人が読書に熱心になるだけなら良いのだが、謁見する人々に本の話題を投げかけたり、王族に本を勧めたりするので、周囲の人々は困惑してしまう。


側近たちは大あわてで対策を打とうとするが……。



読書の魅力に取りつかれることによって、威厳あるはずの女王様が滑稽な役回りを演じてしまう、コメディだ。


そもそも、女王たるもの、読書だけでなく特定の趣味を持つのは好ましくない。理由は、以下のとおり。

  趣味とは特定のものを好むことにつながるが、えこひいきは避けなけ
  ればならない。えこひいきは人々を排除することになる。女王は好み
  というものをもたなかった。彼女の仕事は興味を持つことであって、
  みずから何かに熱中することではなかった。


いやはや、窮屈なものだ。


そんな女王さまが、本を熱心に読むようになったおかげで、さっそくえこひいきをしてしまう。移動図書館でたまたま出会った若者を、厨房の皿洗い係を辞めさせて小姓にして
しまった。


それでも、元皿洗い係の小姓と本の話をしているうちはよかった。
女王さまは、他の人とも本の話をしたがるようになってしまい、本の話を投げかけられた臣下たちは、困ってしまう。


巡行で臣民と対面した女王さまは、いままでは当たり障りのない世間話をするようにしていたのに、熱心な読書家となってからは、誰かれなく、「いま何を読んでいますか?」という質問をなげかけるようになった。
せっかく女王さまに謁見してもらったのに、即答できる臣民はほとんどおらず、気まずい思いをする人が増えてしまう。


困った執事が元皿洗い係の小姓を女王さまから遠ざけ、本を手に入れにくくするなどの対策を講じるが、もう女王さまの読書熱は誰にも止められない。


この後、女王さまと側近の間でどのようなバトルがくり広げられるかは、読んでのお楽しみとさせていただこう。



恥ずかしながら、本書に登場する作家や作品の名前は、ほとんど分からない。
さすがにディケンズルイス・キャロルは読んだことがあるが、ジョージ・エリオットヘンリー・ジェイムズもナンシー・ミットフォードも、名前を聞いたこともない。


後半に入って、名前だけは聞いたことのあるエミリー・ディキンスンが出てきて、「あっ、知ってる!」と嬉しかった。
知ってる! と言っても、エミリー・ディキンスンの本を手にしたことがあるわけではない。サイモン&ガーファンクルのアルバム『Parsley,Sage,Rosemary and Thyme』に収録されている『夢の中の世界』という曲に登場するのを耳で覚えていただけだ。


確か、“You read your Emily Dickinson, and I my Robert Frost.”(君はエミリー・ディキンソンを読み、僕はロバート・フロストを読む)という詞だった。
かみ合わない2人の哀しさを歌った曲だった。(懐かしいなぁ……。あとでipodで聞くことにしよう)


他に知ってる作家は登場しないから、きっと、本書のくすぐりの半分も分かっちゃいない。
それでも、なんだか嬉しい。
こういうのを、“おしゃれ”というのだ。


内容がおしゃれなだけではない。


余白をゆったりとったページレイアウトで、200ページにも満たない短編なのに、ハードカバーで約2千円。
キャンバス地を思わせる表紙カバーには、女王様が本を手にするシルエットが描かれており、よく見るとシルエット部分が金色に光っている。


ipad発売が報道され、今年は電子書籍元年と騒がれているが、本書を電子書籍にしてしまっては、味わいがなくなってしまう。


ぎゅうぎゅう詰めの本棚も、こういう本が1冊あると落ち着いた雰囲気にしてくれるものだ。
あなたの本棚にも、置いてみてはどうだろう。