著者:上野 千鶴子 出版社:法研 2009年11月刊 \1,470(税込) 271P
以前にも書いたが、昨年、義父(カミさんのお父さん)を見送った。
義母(カミさんのお母さん)を亡くしたあと、一周忌までは気丈にしていたのだが、みるみるうちに体力と気力をなくしていき、とうとう義母の3回目の命日を待たずに亡くなってしまった。享年74歳だった。
かたや、僕の両親は80歳を過ぎて北海道で元気に暮らしている。
父は70頭以上のポニーを育てるために、毎日嬉々として牧場まで軽トラックを運転しているし、母も電動アシスト自転車で毎日ゲートボール場に通っている。
どうも僕のほうがカミさんより長寿の家系らしい。
――ということは、僕はカミさんに先立たれてしまうのだろうか?カミさんのお父さんのように、独り暮らしになったとたんに、元気をなくしてしまうのだろうか……。
そんなとき、『男おひとりさま道』というタイトルが目に入った。
2007年に発売された上野千鶴子氏の『おひとりさまの老後』は75万部のベストセラーになったそうだが、女性向けの内容ということで食指がのびなかった。
こんどは男性向けの老後指南の書ということで、読ませてもらった。
内容に入る前に、余談をひとつ。
昨年4月、西水美恵子著『国をつくるという仕事』の出版記念講演会に参加した。西水さんのお話しが一段落して質疑応答がはじまった時、指名されたオジサンが発言した。
「国際舞台で活躍しようとする若い女性に勇気を与える良い本だと思いま
すが、中年以降の年代にも、特に中年の男性も元気になるような励まし
をいただけませんか」
きっと会社では管理職か経営層に属するおエライ人なのだろう。ちょっと上から目線で本を褒めたあと、「自分たちも励ましてほしいですなー」とチャチャを入れるようなニュアンスを感じた。
西水さんは、「中年男性も元気になる話をするのですか? 私が?」と質問内容を確認したあと、一瞬「アホらし!」という表情をうかべ、進行役に次の質問を促した。
男性社会で恵まれた立場にいるオジサンが、この感動的な本の著者に何と的はずれな質問を、と僕も思った。
上野千鶴子氏も、ジェンダー研究の先駆者として、男性社会で闘ってきた。
多くの無自覚で無邪気な男性たちに接してきたからなのだろう。前著『おひとりさまの老後』の「あとがき」に書いた上野氏の言葉は強烈である。
「なに、男はどうすればいいか、ですって?
そんなこと、知ったこっちゃない。
せいぜい女に愛されるよう、かわいげのある男になることね」
男の老後なんか知らない! と言ったものの、ことあるごとに続編の要望を受け、上野氏は男おひとり様に取材をはじめた。
2年かけて要望に応じてみて、上野氏が気づいたことがある。それは、おだやかで幸せな老後を送っている男おひとり様(独り者の男性)の共通点は、女性の友人が多いことだった。
前著で捨てゼリフのように言った「かわいげのある男になる」ことが、はからずも老後の重要な要素だったのだ。
本書は、5つの章で構成されている。
第1章では、男おひとり様を、死別、離別、非婚に分類。それぞれのタイプ別に、老後をシミュレーションしてみせる。
取材に応じてくれたヨーヘイさん、コージさん、キヨシさんなどが登場し、それぞれに生活の不安を抱えていることが紹介される。
有名人の実例も登場する。
評論家の田原総一朗氏は、がんで闘病中の妻と共著で『私たちの愛』を出版した。田原氏とは政治的に異なる信条を持つ上野氏だが、ふたりの本を「まるで相聞歌のよう」といい、「これほどの夫婦の同志愛はみごとだと思える」と手放しで褒め讃えていた。
同じく妻に先立たれ、『そうか、もう君はいないのか』という妻恋の記を残した城山三郎氏も、やはり愛妻家だった。
しかし、城山氏のあまりにも大きな喪失感は、愛の深さばかりとも言えない。むしろ、妻への「依存」の深さを示している、と上野氏は指摘する。
老いの諸相を明らかにしたあと、第2章では、少しずつ下り坂を降りていくときのスキルの大切さ、スキルの身につけかたを提案する。
第3章では介護とお金の関係を、第4章ではひとりで暮らすときの心構え、特に「食」の確保のしかた、ありあまる時間のつぶし方について考察。
最後の第5章「ひとりで死ねるか」では、最期を迎えるためにどのような心構え、どのようなふところ構えが必要かを教えてくれる。
人生の最大の問題「死」を語るにしては、事務的とも思えるほど淡々と述べているのは、哲学者でもない上野氏が「死」を語ることに、一種の気恥ずかしさを感じているからだろう。
それでも、上野氏自身の体験から強く「和解のススメ」について強調し、次のように述べていた。
許せないと思う相手を許し、許してもらえないと思う相手から許して
もらうことだ。
母親との和解に失敗したという上野氏には、今でも悔いが残っているのだ。
最後に、もうひとつ余談を。
先日、カミさんと8歳の娘と3人で、久しぶりに海岸を散歩していたときのこと。
貝拾いをする2人を目で追いながら僕だけ階段に腰を下ろして休憩したとき、すぐ横に座った30代の女性が、メモを取りながら熱心に本を読んでいるのに気づいた。
見覚えのある緑色の表紙は、本書、『男おひとりさま道』だった。どこかの図書館で借りたらしく、本の「天」の部分にゴム印が押してある。
その女性は「男おひとりさま道 10カ条」を開きながら、何ヶ条かをノートに書き写した。
自分のためのメモではあるまい。
老親のためなのか、それとも介護関係の職場に勤めているのか。
「お仕事のお勉強ですか?」と声をかけてみたい気もしたが、やめておいた。
上野氏の分析とアドバイスが、「男おひとりさま」だけでなく、関係者にも役立つ内容であることを証明しているような一コマだった。
関連図書
義父を亡くしてから、老後や介護をテーマにした本が目に入ってくるようになり、本書の他に、山田宗樹著『人は、永遠に輝く星にはなれない』や、遥洋子著『死にゆく者の礼儀』を手に取り、それぞれ身につまされながら読了した。
『死にゆく者の礼儀』は、日経ビジネスオンライン「超ビジネス書レビュー」の先週号に書評を書いたので、こちらも参照されたい。