貧困のない世界を創る


副題:ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義
著者:ムハマド・ユヌス/著 猪熊弘子/訳  出版社:早川書房  2008年10月刊  \2,100(税込)  382P


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本書は、ユヌス氏の2006年ノーベル平和賞受賞後はじめての著書で、ユヌス氏が成功させたグラミン銀行が成功した要因分析を述べ、貧困のない世界を展望する一書です。


ユヌス氏が34歳で大学の学部長を務めていた1974年、バングラデシュを大洪水が襲い、食料不足のせいで5万人を越える餓死者が出るありさまになりました。
大学で経済学の理論を教えながら、経済学が机上の空論になってしまっていることを感じたユヌス氏は、貧しい人たちは何が本当に必要なのかを悩みます。
大学の隣の村で聞き取り調査をしていたとき、ある女性が金貸しから1ドル以下のお金を借りていることにショックを受けました。しかも、わずかなお金を借りる条件として、女性が作った作品は金貸しが言い値で独占的に買い取ることが決められました。


1ドルあれば、こんな不利な契約を結ぶ必要はありません。この女性は金貸しと別な買い手に売ることができます。この金貸しの犠牲者を調査したところ、42人が合計27ドルのために不利な契約を結ばされていました。
ユヌス氏は、私財から27ドルを出し、そのマイクロクレジット事業の第一歩を記しました。


貧しい人は返してくれないと言われたもしましたが、驚いたことに、貧しい人々はいつも期限を守って返してくれるのです。
他の人から反対されながら、ユヌス氏はグラミン銀行を設立。常識やぶりなマイクロクレジットのやり方は徐々に成功を収めていきます。


本書では、比較的新しいダノン社との合弁会社がうまくいった理由と方法を述べ、貧しい人々が豊かになっていくしくみと実践を明かしています。
第3部では、貧困のない世界を実現するための具体的手法を提言し、貧困がなくなったらどうなるか想像力を働かせることの重要さを示しています。


先週とりあげた『国をつくるという仕事』の中で、著者の西水さんは、ユヌス氏のノーベル賞受賞に触れた英国『エコノミスト』誌のコラムを次のように紹介していました。

  ユヌス氏を「ミクロ金融の最もカリスマ的なチアリーダー」と評し、ミクロ
  金融の歴史は古いが、「(氏は)明らかに、貧民相手の金融業の産業化に貢
  献した」との見解。さすがエコノミスト誌、よく見ていると思った。


西水さんの解説によると、ミクロ金融(マイクロ・クレジット)は、19世紀ドイツに生まれた信用組合の流れをくんでおり、金融業として育ったのは1960年代にバングラデシュでカーン博士が農村開発アカデミーを成功させたのが始まりとのことです。
ユヌス氏のおかげでミクロ金融が注目されるようになりましたが、ユヌス氏はミクロ金融の創始者ではなく、大きく成功させた人、という位置づけが正しいようです。


創始者でないからといって、ユヌス氏の成功の価値が減るわけではありません。


貧困のない世界をひょっとしたら実現できるかもしれない、と思わせてくれるユヌス氏の実績と展望を、ぜひご一読ください。