格差はつくられた


副題:保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略
著者:ポール・クルーグマン/著 三上義一/訳
出版社:早川書房  2008年6月刊  \1,995(税込)  255P


格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略    購入する際は、こちらから



前回取りあげた『ルポ貧困大国アメリカ』は、アメリカの底辺で生活する人々の現場報告でした。
本日とりあげる『格差はつくられた』には、人の息づかいの聞こえる生々しいお話は出てきません。代わりに、最高所得者の占有率や、組合組織比率、医療保険データ、最高税率の推移などの統計データを示しながら、いかにアメリカの格差が拡大してきたか、その理由は何か、ということを深掘りしていきます。


ニューディール政策第二次世界大戦の戦時統制の影響で、戦後のアメリカ社会は、貧富の差が少ない社会を築くことができました。しかし、著者のクルーグマンによれば、レーガン大統領の登場あたりから政治は一部の富裕層が牛耳るようになり、格差は拡大していきました。
貧困層が政治的に力を持たないよう、「保守派ムーブメント」は移民に選挙権を与えないように画策し、さまざまな方策で低所得者投票率を上げないように工夫しています。


法律的に違法とはいえなくても、人道的とはいえない「保守派ムーブメント」の行動の根底にあるものは何なのか。


著者のクルーグマンは、
  「すべての根源は、アメリカの人種差別問題にある」
と結論しています。


貧しい白人を救う政策を実行すれば、貧しい黒人やヒスパニックも一緒に救ってしまう。黒人やヒスパニックを救済するくらいなら、貧しい白人を放置しておくほうが良い。
口に出して言わないまでも、多くの白人の根強い人種差別意識が格差を縮めることを拒否している、というのがクルーグマンの主張です。


私のアメリカ政治に関する知識は、共和党民主党の区別がつき、共和党は「小さな政府」派、民主党は「大きな政府」派ということをおぼろげに理解している程度です。
本書を読んで新たに知った内容がいくつかありました。


たとえば、「ポピュリスト」という言葉。
日本語に訳すときは「大衆迎合主義者」と訳すことが多く、「悪い政治家」と同義で使う場面しか見たことがありません。
ところが、クルーグマンは大衆の利益を目指す“良い政治家”という文脈で使っていて、訳注にも「労働者や農民や都市中間層などに、所得分配や政治的権利の拡大を唱える政治家」と書いてありました。
「ポピュリスト」や「ポピュリズム」というのは、共和党民主党を批判するときに、「あいつら」という侮蔑をこめて呼んだのでしょう。民主党の立場を代弁するクルーグマンは、「ポピュリストのどこがいけないの?」と言わんばかりです。


もうひとつ、アメリカの医療が構造的にお金のかかる医療になっていることにも驚きました。
アメリカには公的医療保険がありませんので、民間の医療保険に入らなければ病気の備えができません。医療保険を運営する会社は営利事業ですので、病気にかかりやすい人、病歴のある人は保険料が高額になります。また、実際に治療を受けても、なんだかんだと理由をつけては支払わないように交渉してくるそうです。
「会社は邪悪ではないかもしれないが、その結果はまさにそうなる」というクルーグマンの指摘は、薬の値段が高くなりがちで、病院の費用も高くなりがちな社会構造すべてにあてはまります。
家族の病気ひとつで破産することもある、というのは、恐ろしい社会です。


やはり、健康や命に関わるビジネスを野放しにしてはいけません。


電電公社の民営化、JRの民営化が成功し、小泉首相の念願である郵政民営化が国民の支持を得たように、日本には「民営化」はいいことずくめ、というムードがありますが、雰囲気に流されて民営化しすぎないよう監視していかなければ。


話をアメリカに戻しましょう。


クルーグマンアメリカの暗い時代は変わろうとしている、といいます。
アメリカでは白人の人口がが減少し、多くの白人の意識が人種差別的でなくなってきた、というクルーグマンの洞察が事実なら、アメリカ社会は「格差が縮小する」という大きな転換点を迎えることでしょう。


本書がアメリカで出版されたのは昨年のことですが、期せずして民主党オバマ候補が大統領選に勝利することを渇望する内容に満ちています。私がアメリカ人だったら、本書を読んだからには、迷わず民主党に投票するでしょう。


アメリカをこんなに酷い国にしてしまったのは「保守派ムーブメント」に支配された共和党のせいなのか。そして、その政治的支配は、転換点を迎えようとしているのか。


答えが出るのは、もうすぐです。