ひょっこりひょうたん島熱中ノート


著者:伊藤 悟  出版社:実業之日本社  1991年7月刊  \1,121(税込)  253P


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ひょっこりひょうたん島』は1964年(昭和39年)〜1969年(昭和44年)までNHKで放送していた人形劇です。


小学校に上がる年にはじまった小学校に上がる年にはじまった番組が終わってしまったとき、いなかの小学6年生だった私は、この番組を本にして発売して欲しいというハガキをNHKに送りました。
願いがかなってシナリオが出版されはじめたのは21年後の1990年。しかし、5年間の番組すべてを出版するのは困難だったようで、「第一期(全十三巻)完結とさせて頂きます」と1992年に第13巻を出したあと続刊が出ていません。これは1年4ヵ月分の放送をカバーした分量なので、あと3年8ヵ月分が未刊ということになります。


ひょうたん島世代の私にとっては宝物のこの文庫をパラパラめくっていたとき、「そういえば、ひょうたん島マニアが書いた本があったっけ」と思い出したのが今日の一冊です。


思い出したはいいものの、以前本屋さんに注文したとき「絶版です」と告げられたしろものです。念のため図書館検索してみて、やっと手にすることができました。


著者の伊藤さんは、私より4つ年上で、小学校5年生のときひょうたん島がスタートしました。
ひょうたん島の魅力にとりつかれた伊藤さんは、
  「今までこんな面白いテレビ番組はなかった!
   二度と現れないかもしれない」
と思いつめます。


今なら録画して何回も見直すことができますが、当時はテープレコーダーも高級品だった時代です。あとでまた楽しみたいと思った伊藤さんは、私のようにNHKにハガキを送るような悠長なことはしませんでした。


自分で記録する! 完全に記録する!


決意した伊藤少年は、15分の番組を見ながら、ノートにセリフを書いて書いて書きまくりました。セリフが少ないシーンでは、合間を見て、人形やセットを手早く写生する。番組が終わったら、忘れないうちに殴り書きしたメモを元に、別のノートにセリフと絵を清書して記録していきました。
これだけでも、ちょっと引いてしまいそうなマニアぶりですが、驚いたのは金曜日のラストに流される「スタッフロール」まで記録しようとしたことです。声の出演者から、人形操作している人の名前、NHKの技術・演出担当者の名前まで、画面を流れていく膨大な文字をどうやって記録したのでしょう。
スタッフロールのあと表示される「あしたにつづく」のバックの絵まで書き取っていたというのですから、もう脱帽するしかありません。


やがて伊藤少年のマニアぶりは一段とエスカレートし、人形劇を担当している「ひとみ座」を自転車で訪問したり、NHKでのスタジオ収録を見学させてもらったりして、とうとうシナリオを送ってもらうことに成功します。


番組が最終回をむかえ、ひょうたん島に熱中する5年間が終わったとき、「終わってほしくない」という気持ちと同時に、「ああ、これで肩の荷がおりる」と思ったそうですから、そうとう無理していたのでしょう。


話がここで終わっていれば、単なる一ファンの思い出ばなしなのですが、伊藤さんのマニアックな記録が注目をあびる事件がおきます。
1990年のある夜、NHKから「ディレクターの雪と申しますが…」という電話がかかってきたのです。


もしかすると、スタッフロールを写すとき何度も書いた、あの雪正一さん?


受話器のむこうで雪ディレクターが話したのは、衛星放送でひょうたん島のリメイク版を放送することになったことでした。しかも、伊藤さんの「ひょうたん島ノート」を貴重な記録として参照させて欲しい、との申し出です。
ひょうたん島の放送当時はビデオテープの値段が高く、丸ごと録画して残っているのがたった数回しかなく、台本も2割が欠けているというありさまとのことでした。


こうして、伊藤さんは、「伊藤ノートなくしては再放送もムリだった」といわれる功労者になってしまったのです。


本書には、ひょうたん島を誰よりも(ひょっとすると原作の井上ひさしよりも)知り尽くした著者が、ひょうたん島の魅力、登場人物、あらすじを紹介し、ひょうたん島の社会的影響まで分析した「ひょうたん本」です。
マニアと呼ばれても、ひとつのことに熱中することの素晴らしさを教えてくれる一書でした。


本書の本題から少し外れるかもしれませんが、読んでいて、ふと「著作権って何のためにあるのだろう」と考えてしまいました。


著者の伊藤さんが、「60年代の最大の遺産」とまで絶賛する作品を、作りっぱなしで粗末にあつかっていたのは、「制作・著作NHK」の皆さんです。ビデオテープが高価だったことは仕方ないとしても、台本の保存もいいかげんだったとは……。


それでも、著作権を主張するのは制作者です。
ひょっこりひょうたん島熱中ノート』は、リメイク版の放送に貢献した伊藤さんの著作だから出版できましたが、もし一ファンが同じような本を出版したり、ちくま文庫で出版していない回のシナリオを出そうとしたら、きっと著作権侵害とやらで横やりが入ることでしょう。


たしかに制作したのはNHKで、シナリオを書いたのは井上ひさし氏と故人となった山元護久氏です。
しかし、台本も残していない制作者は、著作権を放棄したも同然なのではないでしょうか。


制作した人が再現できなくても他の人が再現できるコンテンツですから、もはや、民話や伝承文学と同じ。
みんなの共有財産とみなしていい!


ちょっと極論かなあ(笑)


マスメディアや文化庁の賛同は得られないでしょうね。