著者:青山 通 出版社:アルテスパブリッシング 2013年4月刊 \1,680(税込) 1908P
「ウルトラセブン」というのは、1967年(昭和42年)10月から翌年9月までTBS系列で放送された子ども向け番組である。
当時7歳だった著者の青山氏は、この番組に夢中になった。
特に、主人公のダンが自分がウルトラマンであるということを明かし、壮絶な戦いのあとM78星雲へ帰ってしまう最終回に深い感動をおぼえた。
ビデオテープなど無い時代だったが、その後1、2年に一度再放送されるたびに何回も見て、放送内容をノートにメモしたりする。
中学校に上がる前後にカセットテープレコーダーを買ってもらった青山氏は、満を持して「ウルトラセブン」最終回を録音した。セリフをノートに書き写し、何度もくりかえし聴いているうちに、自然におぼえてしまった。
同時に、最終回ラスト8分の印象的な音楽が、青山少年のなかに深くインプットされていく。
本書は、この「ウルトラマン」の音楽がどんな曲で誰が演奏しているのか、という疑問を解決する過程を描いた、ちょっとマニアックな探訪記である。
ある夜、母親が見ていた音楽番組から、「あの音楽」が聞こえてきた。何という曲か尋ねたところ、シューマンのピアノ協奏曲だという。
親に頼み込んでシューマンのピアノ協奏曲のレコードを買ってもらい、家に帰ってわくわくしながら聴いてみた青山少年は、失望してしまった。
「違う……同じ曲なのに違う。あれじゃない。似ても似つかない」
何度も何度も聴いたカセットテープの演奏と、このレコードの演奏は違う。
たしかに、曲は同じだけれど、「あの音楽」じゃない!
「同じ曲でも、演奏によって違う表情の曲となる」というクラシック音楽の深淵を知った青山少年だった。
「あの音楽」を求めて、中3になるまで、シューマンのピアノ協奏曲のレコードをもう2枚買ってみたが、やはり外れ。
いったいあと何枚買えばいいんだろう……、と絶望的に気分になった青山少年だったが、中3の秋、とうとう「あの音楽」にめぐり会う瞬間がやってくる。
それは……。
感動的な出会いのシーンや、青山氏が「あの音楽」を通じてクラシックに目覚めていく様子は、実際に本書を手にとってご覧いただきたい。
ちなみに、青山氏しらべによると、青山氏の持っているシューマンのピアノ協奏曲CD28枚のうち、「あの音楽」は4番目に速い演奏である。
本書には、このほか、シューマンのピアノ協奏曲の演奏の内容について、17種の録音についての解説があり、ウルトラセブンのBGMに使われていた他の楽曲についての紹介も載っている。
それって、ちょっとマニアックなんじゃない? という予感は、きっと正しい。
だが、同年代のオジさんの一人として著者を弁護するが、マニアックと思われるほど深く惚れこんだっていいじゃないか。
マニアックのどこが悪い。
なにしろ、家庭用録画装置のない当時のこと。
テレビ番組は一度放送されたら、それでおしまい。
青山氏も言っているとおり、「一期一会的なものだった」のだ。
だからこそ、食い入るように真剣に見たし、1回見ただけで覚えてしまうシーンも多かった。
僕も伝説の人形劇「ひょっこりひょうたん島」や、平賀源内が主人公のハチャメチャな時代劇「天下御免」など、今でも映像つきで思い出す番組がいくつもある。
音声も映像も、簡単に個人で所有できるようになった今の時代、コンテンツへの感性が、以前よりにぶくなっているのではないか。
一生、心に残るような作品を生む力が、テレビから失われているのではないか。
どうなの、どうなの。そこんとこ、どうなのっ!
……って、誰に文句言ってんだか(笑)。
ついつい、取り乱してしまいました。ゴメンナサイ。
ウルトラセブンとの出会いに触発されたわけでもないだろうが、青山氏はその後、大学時代にプロのクラリネット演奏家に師事し、卒業後にクラシック音楽の専門出版社である音楽之友社に入社した。
ある出版企画の編集会議で、ベテランの音楽評論家たちからカラヤンの評価について意見を求めらることがあった。
青山氏は、ウルトラセブンの最終回で使われていた演奏と、カラヤンが有名になってから録音した演奏を聴き比べ、自分なりの意見を述べた。
評論家たちは興味深そうにきいてくれ、それ以後は一人前の編集者として扱ってくれるようになったそうだ。
ウルトラセブンの音楽にこだわっているうちに、自然と音楽の軸ができていた。
もうクラシック音楽とは切っても切れない人生を送っている青山氏にとって、あらためてウルトラセブンへの感謝を深める瞬間だった。