イノベーションのジレンマ


副題:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき
著者:クレイトン・クリステンセン 玉田俊平太/監修 伊豆原弓/訳
出版社:翔泳社  2001年7月刊  \2,100(税込)  327P


イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)    購入する際は、こちらから


ハーバードビジネススクールの講義を一般向けに分かりやすく解説した本です。
著者のクリステンセンは、トップ企業の入れ替わりが激しい業界に注目し、かつて業界でナンバーワンだった企業がなぜ新興企業に負けてしまったのか、経営者はどんな間違いをしてしまったのかを研究しました。
当初の予想では、業界の激しい技術革新の動きについていけなくなったのではないか。顧客の意見に耳をかたむけなくなったり、開発費を出し惜しみするなど、経営者の“怠慢”や“驕り”が原因ではないか、と著者は考えていました。


ところが、実際にデータを調査してみると、著者が予想した「技術泥流説」や「経営者無能説」は間違いであることが判りました。


かつてのトップ企業は、けっして開発費を惜しまず、マーケットリサーチの結果を重視した重点分野に多額の資金を投入しています。それではなぜ、規模も大きく利益率も高く、業界のトップを走っていた企業が後発企業に負けてしまったのか。
視点を変えて調査しなおした著者は、意外な答えを発見しました。


それは、経営者が優秀で、優秀な社員を抱えた優秀な企業からは、業界の地図を塗り替えるような新技術(破壊的イノベーション)は生まれてこない。気がついたときには、予想もしなかった新技術を開発したかつての弱小企業の勢いを止めることはできない、ということでした。


優良企業は、現在の顧客の声に耳を傾け、現在の顧客が求める要望を実現する技術開発を行い、生産設備に投資します。しかし、このような現在の顧客の要求に応えるための通常の開発は、持続的なイノベーションであり、その中に「破壊的イノベーション」のヒントはありません。


具体例としてクリステンセンが選んだのはハード・ディスク業界です。


1950年代なかばにIBMが開発した世界初のディスクは、大型冷蔵庫なみの大きさで、24インチのディスクを50枚組み合わせたものでした。IBM製の大型コンピュータに用いられた容量5MBのこの新製品は、その後大容量化と小型化が進み、現在ipodに用いられているものは、サイズが1.8インチで容量が数十ギガバイトもあります。
ディスクが進化していく過程では、フェライトヘッドから薄膜ヘッド、MRヘッドへと変わっていくような技術革新がありましたが、実績ある企業が率先して行った開発は製品シェアにそれほど大きな影響がなく、持続的イノベーションに分類されます。


ディスク製造企業のシェアを大きく変えるきっかけになった技術革新は、“小型化”でした。ディスクの直径は、14インチ ⇒ 8インチ ⇒ 5.25インチ ⇒ 3.5インチ ⇒2.5インチ ⇒ 1.8インチと小さくなっていきます。
当初、この“小さくなること”が破壊的イノベーションとは、誰も気付きませんでした。小さくなって、しかも大容量化するのであれば誰でも歓迎するのですが、当初の技術革新は、単に小さくなるだけだったのです。


たとえば8インチ60MBで3000ドルの製品が存在する市場に、5.25インチのディスクが登場したとき。小型でも容量が10MBしかなく、価格も2000ドルと少ししか安くない製品が発売されたとき、顧客(自社のコンピュータにディスクを組み込むコンピュータメーカー)はどちらを選ぶでしょう。
実際に5.25インチ製品が登場した1981年当時、8インチディスクを使っていたミニコンメーカーには、5.25インチを採用するメリットがありませんでした。大きなミニコン市場を相手にしている多くのディスクメーカーは、8インチディスクの容量を少しでも大きくすることにしのぎを削っている最中で、そんな製品が登場したことを気にも止めません。

小さいこと、ちょっとだけ価格が安いこと以外は利点のない5.25インチディスクは、当時成長しはじめたデスクトップパソコンに受け入れられました。当初のデスクトップパソコンにはフロッピーディスクしか付いていませんでしたが、パソコンにディスクを追加すれば使いやすくなります。ミニコンに比べればおもちゃのようなコンピュータには、容量が小さくても小型で価格の安い部品が求められたのです。
パソコンが大きな市場に成長するに従って、5.25インチディスクの売れ行きも伸び、研究開発にも資金が投入されました。8インチディスクメーカが気づいた頃には、5.25インチはもはやおもちゃではなくなり、ミニコンメーカにも採用されるようなります。
8インチメーカがやっと5.25インチの開発をはじめますが、手遅れでした。メーカの半数は発売することなく業界を去り、発売までこぎ着けた半数も主要なメーカとして生き残ることはできなかったのです。


優良な企業、優秀な経営者ほど「破壊的イノベーション」に遅れをとってしまう。
著者は、このイノベーションのジレンマの由縁を丁寧に解説し、後半ではこのジレンマを抜け出す方策も教えています。


頑張れば頑張るほど、この落とし穴にハマる、というパラドックスを読んで、「栄枯盛衰」について考えさせられました。
古くは、恐竜が絶滅するなか哺乳類が地球上で繁栄するようになったことや、戦国時代の大名の浮き沈みを連想します。


しかし、直接的に思い浮かぶのはやはり企業の盛衰で、ここ数十年で業界のシェアが大きく変わった業界といえば、真っ先にあげられるのがビール業界です。
ガリバー企業だったキリンを追い抜くまでに成長したアサヒの「破壊的イノベーション」は何だったんでしょう。
スーパードライ」という強力な製品を開発したことがアサヒのV字回復のきっかけの一つだったのでしょうが、私が聞いたことがある説は、流通経路の変化が大きな影響を及ぼしている、という説です。酒屋さんからビンでビールを配達する、という消費の流れから、ディスカウントストアで缶ビールを買う、という消費スタイルへの変化動向にアサヒは素早く対処したが、キリンは出遅れた。それがアサヒがシェアを奪った底流にある、という解説を何かで読みました。


また、ゲーム業界のニンテンドーソニーの勝ち負けの原因が、どんな「イノベーション」によるものか考えるのも面白そうです。
カセット方式ゲーム機のニンテンドーが、独特の囲い込み方式でゲームメーカの不満を集めているなか、ソニーはCD−ROM方式のプレステを発売し、開発の容易さを武器にゲーム数を増やし、ニンテンドーを追い抜きました。プレステ2でも当時高額だったDVDプレーヤーを標準装備したことでニンテンドーに水をあけました。
ところが、今度はプレステ3がwiiに苦戦を強いられていて、携帯ゲーム機ではニンテンドーの一人勝ちを許してしまっているように見えます。
wiiのあの振って使うリモコンって、「破壊的イノベーション」だったんでしょうか。
それとも、何か別の要因があるのかな?


今日の一冊は、いろいろ連想させてくれます。


本書の最初の版がアメリカで発売されるや、二つの大きな賞を受賞し、ベストセラーになりました。アメリカのビジネスのやり方を革命的に変革したとも言われます。
名著の評判に間違いはありませんでした。
経営者はもちろんですが、技術者も興味深く読める一書です。